第14話:分かたれた血族

 サキュバスの女王・ルシアとの伝説的な撮影から一週間。こちらの世界の芸能界は、未だにその余韻という名の熱病に浮かされていた。

 街を歩けば自分の巨大な広告が目に飛び込み、SNSを開けば「次代の女王」という称賛が溢れている。だが、当の美優の心は、凪(なぎ)のような静けさの中にあった。


​「……何か、違う」


​ 控室でゼノが読み上げる分厚いスケジュール表を横目に、美優は自分の指先を見つめる。撮影の瞬間に感じた、あの魂が削れるような、それでいて何かに繋がったような震え。周囲が語る数字やランキングの話が、今の彼女には遠い異国の言語のように聞こえていた。

​ その日の夜、美優の携帯に珍しい名前が表示された。龍族のリナだ。


『……明日、時間ある? ちょっと、二人だけで話したいことがあるの』


​ 翌日。待ち合わせに指定されたのは、華やかな都心から離れた、霧の深い湖畔のカフェだった。

 美優が店に入ると、リナはすでに一番奥の席に座っていた。長い赤い髪を指で弄びながら、窓の外を見つめる彼女の横顔は、いつもの天真爛漫な「龍族のアイドル」ではなく、数千年の記憶を背負う「神の末裔」のそれだった。


​「……来たね、ミユ」


​ 他愛もない会話から始まった。最近の撮影の苦労話、ルシアの意外な素顔、そしてファンからの熱狂。いつものように笑い合う二人。だが、リナの瞳の奥には、決して消えない「影」が揺れている。

​ ふと、リナがカップを置いた。カチャリ、と小さな音が響き、周囲の雑音が消えたような錯覚に陥る。


​「ねえ、ミユ。……改めて、確認させて」


​ リナが真顔になり、美優の瞳を真っ直ぐに射抜いた。


​「美優って、人間だよね。……それも、あの、東の果てにいたっていう『日本人』。……間違いない?」

​「……ええ。それがどうしたの?」


​ 美優は少し戸惑いながら頷く。リナは一瞬だけ、安堵したような、それでいて深い絶望に触れたような、複雑な表情を見せた。


​「……この世界では、人間はほぼ絶滅したことになってる。それが『自然な淘汰』だって、学校では教わるわ。でもね、龍族の古老たちの間では、別の伝承が……血の中に刻まれた記憶があるの」


​ リナは声を潜め、昔話をするように語り始めた。


​「太古の昔。龍族と日本人は、もともと一つの種族だった。……同じ『言霊(ことだま)』を操る、神に近い存在。言葉がそのまま世界に触れ、万物を動かしていた時代よ。でも、その力はあまりに強すぎた。……世界そのものを壊しかねないほどにね」


​ 美優は冗談めかして受け取ろうとしたが、リナの表情はピクリとも動かない。


​「だから、分かたれたの。世界を安定させるために。……感情と生命力を司る者と、秩序と魔力を司る者に。その結果、人間は力を失い、その脆弱さゆえに数を減らし、歴史から消えていった……」


​ リナはテーブル越しに美優の手に触れた。その温もりを感じながら、リナは周囲を気にし、さらに声を落とす。


​「……最後に、これだけは伝えておくわ。……日本人と龍族が、深く交わり、互いの魂を共鳴させること。……それは、この世界の禁忌。それが起きれば、世界は……ひっくり返るって言われてる。正常に戻るのか、破滅するのかは……私にも分からないけど」


​ 重苦しい沈黙が二人を包んだ。

 リナは不意にいつもの明るい笑顔を作り、「なんてね、変な話でしょ!」と話を締めくくった。だが、その別れ際、彼女が美優の耳元で囁いた一言が、呪文のように美優の胸に突き刺さった。


​「……だから、ミユ。あんまり目立ちすぎないで。……これ以上、誰にも『気づかれない』うちに」


​ 帰り道。夕暮れの街に、美優の巨大なグラビア広告が赤く染まりながら浮かび上がっていた。

 人々がその「美しさ」を称賛し、消費していく中で、美優は自分の足元が崩れていくような不安を覚えていた。


​「……そんなに、いけないことなのかな。……私が、私としてここにいることが」


​ 美優が小さく呟くと、凪いでいた風が、一瞬だけ不自然に逆向きに吹いた。

 まるで、世界そのものが彼女の言葉に「拒絶」を示したかのように。

 

 芸能界のさらに奥、名を持たない会議室で、

一人の女がモニターを見つめていた。

 禁忌の扉が、音を立てて開き始めていた。

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