第3話:衝撃のデビュー撮影

​ ゼノに連れられて辿り着いたのは「VICTORY POWER・プロ」と大書された巨大なビルだった。内部は岩の柱が乱立し、禍々しい魔導光が煌々と輝いている。しかし、美優の関心は、その奇妙な建築物よりも、そこで行われている「撮影」そのものに向けられていた。 


​「あれを見ろ……」


​ ゼノが指差す先、巨大な祭壇のようなセットの上で、一人の女性がポーズを取っていた。

 その体は赤と金の鱗に覆われ、背中には巨大な翼が生えている。カメラマンの指示に合わせて、彼女の口からは灼熱の炎が吹き荒れ、周囲の岩肌がみるみるうちに赤熱していく。彼女は「龍族」のリナその人だった。

 ゼノは絶望に顔を歪める。「あれが、このvictory power プロのトップタレントの一人、龍族のリナだ。魔力による炎のブレス、体の色を自在に変える変身能力……」

​「あら、かっこいいじゃない」

​ 美優の瞳は、しかし、むしろ輝きを増していた。

 (変身能力? 炎? なんてドラマチックな演出なの! 私ならもっと、炎を体に絡ませるようなポーズで……)

 彼女の頭の中では、すでにリナの「炎のグラビア」を凌駕するイメージが構築され始めていた。この異世界における美の基準が、いかに自身の世界と異なっているか。その衝撃よりも、プロとしての「挑戦欲」が上回っていたのだ。


​「で、私の衣装はどれ?」


​ ゼノはこの得体のしれない女の言動に少し面食らってしまった。が、直ぐに美優をスタジオの片隅に連れて行った。そこには、ガラスケースの中に鎮座する一着の衣装が置かれていた。

 それは、布面積の概念を根底から覆すような代物だった。

 極細の革紐が、まるで体に絡みつくツタのように複雑に編み込まれ、かろうじて重要な部位を覆う小さな金属片があしらわれている。ところどころに生々しい魔獣の牙が装飾として施され、その様はまるで「拘束具」か「儀式の供物」のようだった。


​「……これ、ビキニっていうか、紐と牙じゃない」


​ 美優は眉をひそめた。日本のグラビア界で、ここまで過激な衣装は存在しない。露出度で言えば、ほぼ全裸だ。

 しかし、彼女の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 (なるほどね。これが、この世界の『ギリギリ』ってやつ? 笑わせないで。グラビアに『ギリギリ』なんて言葉、ないのよ)


​「いいわ」


​ 美優はきっぱりと言い放った。


​「見せてあげる。加工なし、魔法なし、生身のニンゲンが一番エロいってことを」


​ その言葉に、ゼノの冷めきっていた胸の奥が、再びチリ、と熱を持った。

 着替えを終えた美優が、スタジオの中央に立つ。

 極細の紐と牙だけの衣装は、彼女の体をほとんど覆い隠してはいなかった。しかし、美優の肉体は、それを「肌の一部」であるかのように着こなしていた。

 周りのスタッフたちが、ざわめき始める。彼らは皆、魔族や獣人、あるいはエルフや精霊といった、この世界の住民たちだ。彼らの美の基準は、角の鋭さ、鱗の輝き、筋肉の隆起、あるいは魔力の光沢といった、硬質で幻想的なものだった。

​ そんな彼らにとって、美優の肉体は、あまりに異質だった。

 角もない。鱗もない。翼も、毛皮もない。

 ただ、そこにあるのは、瑞々しい「肌」と、柔らかな曲線を描く「肉」だけ。


​「何をぼさっと突っ立ってるの。カメラは? ライティングは? 私はもう準備万端よ」


​ 美優は、カメラマンらしき魔族の男に、ハッと我に返るような声で促した。

 魔族のカメラマンは、普段はどんな美女でも動じない冷静沈着な男だったが、今は顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせている。

 (な、なんだ、あの肉は……!? 指で押したら、きっと、沈み込む……! しかも、この匂い……魔力など、全く感じないのに、本能を、この魔族としての本能を、ここまで、揺さぶりやがる……っ!?)

 彼らは「人間」という種族の存在を知らない。目の前の美優は、彼らにとって「見たこともない軟体生物」であり、同時に「未知なる究極の美」だった。


​「ほら、撮りなさいよ!」


​ 美優が、あえて挑発的に腰をくねらせた。

 その瞬間、スタジオにいたスタッフ、アシスタント、メイク、そして他のモデルたちまでが、一斉に固唾を飲んだ。

 美優は、ゆっくりと両腕を上げ、顔の前で交差させた。そして、極限まで背中を反らせ、豊かな胸を強調するように、両手で自らの胸を優しく覆った。


 『手ブラ』


 日本のグラビア界で培われた、最も伝統的で、最もエロティシズムに満ちたポージング。


​「んんっ……!」


​ 美優は、あえて甘い吐息を漏らした。

 その体は、完璧な曲線を描き、陰影が芸術的なコントラストを生み出す。

 肌は、吸い込まれるように白く、柔らかな肉が、見る者の視線を釘付けにする。

 魔族のカメラマンの手から、魔導カメラが滑り落ちそうになった。彼の鼻からは、止めどなく赤い液体が流れ落ちていた。他のスタッフたちも、同様に鼻血を噴き出し、あるいは泡を吹いて倒れる者までいる。

​ (これよ……この反応よ!)

​ 美優は、満足げに微笑んだ。

 魔力も、変身能力も、鱗も、角もない。

 ただ、この「生身の肉体」一つで、この異世界の「美の常識」を、根底から覆してやる。


​「さあ、見なさい。これが、ニンゲンよ。あんたたちの想像を、超えてあげるわ」


​ 美優の瞳は、未来の「グラビア女王」の輝きを宿していた。

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