第4話:ヴォルカノ・ビキニ・地獄

​ 魔界の芸能界において、伝説のロケ地として恐れられる場所がある。

 ――灼熱回廊「ヴォルカノ」。

 地表を流れるのは溶岩の河であり、大気は常に数百度の熱を帯び、毒性の火の粉が雪のように舞い散る地獄。そこは、火耐性のない生物ならば数分でミイラ化する絶望の地だ。


​ 今回の撮影テーマは『極限の情熱』


 美優の記念すべき初仕事は、このヴォルカノを舞台にした、魔族屈指の若手実力派・リリアとの競演(バトル)グラビアだった。


​「……信じられない。あいつ、正気なの?」


​ 撮影用の防熱結界の中から、リリアは信じられないものを見る目で、崖の先端に立つ美優を睨んでいた。

 魔族のリリアは、漆黒の角と、艶やかな紫の肌を持つ美女だ。攻撃魔法に長け、普段は高飛車な彼女も、今ばかりは余裕がない。彼女が纏っているのは、特殊な熱遮断魔導糸で編まれた重厚なビキニだが、それでも熱気に肌が焼かれ、汗が止まらなかった。

​ 対する美優は、どうだ。

 彼女が身につけているのは、ゼノがどこからか調達してきた、もはや「糸」と呼ぶのも憚られるほど面積の小さいマイクロビキニ。しかも素材はごく普通の布だ。


​「熱い……。あついあついあつい! 死ぬ! 本気で焼肉になっちゃう!」


​ 美優の白い肌は、暴力的な熱気に晒され、瞬く間に熟した桃のように赤らんでいく。

 極限の高温により、布地の一部は茶色く焼け焦げ、焦げた繊維の匂いが鼻を突く。普通の人間ならとっくにショック死していてもおかしくない状況だ。


​「美優! 結界の中に戻れ! 命に関わるぞ!」


​ ゼノが防熱魔法を維持しながら声を上げる。だが、カメラを向けられた美優の瞳に宿る火は、背後の溶岩よりも熱かった。


​「……うるさいわね、ゼノ! 今……今、最高の絵(カット)が撮れてるでしょ!?」


​ 美優は震える脚を踏ん張り、滴る汗を指先で拭って、それを自身の太ももへと塗りたくった。

 汗が熱で蒸発し、肌の上に妖艶な湯気を立ち昇らせる。

 熱気で上気した頬、荒い呼吸で上下する豊かな胸、そして極限の熱に耐えることで生まれる、陶酔したような虚ろな瞳。


​「この火照り……、この汗……。魔法じゃ作れない、最高の『生(ナマ)』のエロでしょ……!? 撮りなさいよ!」


​ その姿は、まさしく地獄に咲いた一輪の狂い咲き。

 リリアは圧倒されていた。自分は魔法で必死に「熱さ」を撥ね除けている。だが、目の前の人間は「熱さ」を自らの肉体に取り込み、表現の糧に変えているのだ。


​「う……あ……。もう、限界……。熱くて……死んじゃう……ッ!」


​ 先に膝を突いたのは、魔族のリリアだった。魔法の障壁が熱量に負けて霧散し、彼女はスタッフの手によって強制的に結界内へと引きずり戻される。リリアの敗北だった。


​「氷結魔法(フリーズ)! 最大出力で放出しろ!」


​ ゼノの号令で、スタッフたちが一斉に氷の魔石を起動させる。

 美優の周囲に、瞬間的にマイナス数十度の極寒の霧が叩きつけられた。灼熱と極寒の衝突。美優の肌の上で、水蒸気が爆発的な勢いで吹き上がり、視界が白く染まる。

​ その白銀の霧の中から、美優が姿を現した。

 肌は真っ赤に火照り、全身から湯気を出しながら、氷の粒を全身に纏っている。

 溶岩の赤と、氷の白。

 そのコントラストの中で、美優は両腕を胸の前で交差し寄せ上げる王道だが最強のポーズを繰り出した。


​(これが私なりの氷と火の表現!!)


​ シャッター音が、ヴォルカノの轟音を切り裂いた。

 美優が行ったポージングのバックに炎と氷の絶妙なコントラストが写真に収まっていた。

 彼女のデビューー作は後にこの異世界の芸能界で「ヴォルカノの奇跡」と呼ばれる、伝説の一枚が誕生した瞬間でもあった。


​ ロケ終了後。


 美優は冷却用の魔法毛布に包まれ、ガタガタと震えながら清涼飲料水を啜っていた。肌には火傷の跡が残り、痛々しいほどだ。

​ そこへ、少し気まずそうな顔をしたリリアが歩み寄ってきた。

 彼女は美優の前に立つと、深く、その美しい角を畳んで頭を下げた。


​「……あんた、正気じゃないわ」

​「……あら。最高の褒め言葉ね、角っ子ちゃん」


​ 美優が力なく笑う。リリアは、美優の赤く腫れた腕をそっと見つめた。自分たち魔族なら、一晩寝れば完治する傷だ。だが、この柔らかな肌を持つ人間にとっては、消えない傷になるかもしれない。


​「どうして……魔法も使えない、死ぬかもしれない体で、あんな無茶をしたの? 魔法で幻影を作れば済む話じゃない」


​ 美優は、震える手でドリンクを置くと、リリアを真っ直ぐに見据えた。


​「魔法の幻影? そんなの、ただの『偽物』じゃない。私はね、生きてるのよ。今、この瞬間の私の肉体は、今しか撮れない。傷跡も、火照りも、私がこの世界で、本気で生きて脱いだ証なの」


​ 美優の瞳に宿る、圧倒的な自負。

 リリアは言葉を失った。自分たちが当たり前のように使ってきた魔法による「修正」や「保護」が、いかに浅はかなものであったかを突きつけられた気がした。


​「……負けたわ。あんたのプロ意識……本物ね。ミユ、だっけ? 認めないわけにはいかないみたい」


​ リリアは不敵に微笑むと、美優の手を力強く握った。


​「次のコンテスト、楽しみにしてなさいよ。次は魔法抜きで、どっちがオスどもを狂わせるか……勝負よ!」

​「望むところよ。あんたのそのデカい角、私の胸に埋めて泣かせてあげるわ」


​ 地獄のロケ地で芽生えた、種族を超えた奇妙な友情。

 しかし、この撮影がSNSでバズり、凄まじい反響を呼ぶことを、美優はまだ知らない。

 そして同時に、その注目が「人間を憎む保守派」の影を呼び寄せてしまうことも。

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