第2話 宿屋の朝食がパンの耳になった日 ~勇者様、VIP会員権は解約済みですので、それは「素泊まりプラン」のサービスです~

 翌朝。

 王都の最高級宿屋「キングス・ガーデン」。

 その最上階にあるスイートルームで、勇者アルヴィンは目を覚ました。


「……いででででっ!」


 体を起こした瞬間、背中に激痛が走った。

 いつもなら雲のように柔らかいはずのベッドが、なぜか岩のように硬い。

 シーツはゴワゴワで、枕からはカビの臭いがする。


「おいクリフ! なんだこのベッドは! また手配ミスか!?」


 アルヴィンは怒鳴ったが、返事はない。

 部屋には誰もいない。

 仕方なく、彼は不機嫌そうにベルを鳴らし、ルームサービスを呼んだ。


「朝食を持ってこい。最高級のエルフ・オムレツだ!」


 数分後。

 ドアがノックされ、ボーイがワゴンを運んできた。

 銀の蓋クロッシュが開けられる。

 そこに乗っていたのは、焦げたパンの耳が二枚と、少し濁った水道水だった。


「……は?」


 アルヴィンは絶句した。


「なんだこれは。俺への嫌がらせか? 俺は勇者だぞ!?」


「いえ、勇者様」


 ボーイは無表情で、一枚の伝票を差し出した。


「昨夜未明、お客様の契約プランが変更されました。現在のプランはとなっております」


「エコノミーだぁ!?」


「はい。従来の『王侯貴族VIPプラン』は、月額会費の引き落としができなかったため、自動解約となりました。こちらのパンの耳は、当ホテルからのせめてもの慈悲サービスでございます」


 ボーイは冷ややかに一礼し、部屋を出て行った。

 残されたアルヴィンは、パンの耳を握りつぶした。


「クリフ……ッ! あいつ、俺のカードを止めたな!?」


 ◇


 同時刻。魔王城。


「あー、極楽……」


 私は朝から、ひのきの香りが漂う大浴場に浸かっていた。

 魔王城自慢の天然温泉『地獄の釜の湯』だ。

 効能は肩こり解消と、疲労回復。


「今までシャワーすら浴びれない日もあったのになぁ……」


 風呂上がりには、キンキンに冷えたフルーツ牛乳(飲み放題)。

 マッサージチェアに座りながら、私は優雅に石板スレートをチェックする。


「おや、勇者から着信だ」


 画面には『元上司(バカ)』という表示が点滅している。

 隣で髪を乾かしていたアリスが、猫耳をピクつかせた。


「出るの? 無視すればいいじゃん」


「いえいえ、これも『ビジネス』ですから」


 私はニヤリと笑い、通話ボタンを押す前に、一つのを有効化した。


 ◇


『おいクリフ! ふざけんな! 宿のランクを戻せ! ベッドが硬すぎて腰が痛いんだよ!』


 石板の向こうから、アルヴィンの罵声が響く。

 私はコーヒーを啜りながら、冷静に応対した。


「おや勇者様、おはようございます。奇遇ですね、私も今、ふかふかのマッサージチェアで寛いでいたところです」


『はあ!? 俺がパンの耳を食わされてる時に!? 今すぐ戻ってこい! これ命令な!』


「お断りします。私は既に退職済みです。業務命令に従う義務はありません」


『うるせえ! だいたいなぁ、お前が抜けたせいで何もかもめちゃくちゃなんだよ! この責任どう取るつもりだ!』


「責任? それは経営者リーダーである貴方の仕事でしょう」


 私は淡々と告げる。


「ああ、それと。この通話ですが、私の現在のレートは『1分につき5,000マナ』となっております」


『……は?』


「コンサルティング料です。冒険者ギルドの規定では、Sランク会計士への相談料は相場が決まっていますから。――おっと、もう1分経過しましたね」


 カシャーン。

 通話の向こうで、コインが落ちるような音がした。


──────────────────────

[System Notice]

通話料金の徴収完了: 5,000マナ

徴収先: 勇者アルヴィンの個人口座

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『なっ、勝手に金が減った!? おい待て、今の全財産なんだぞ!?』


「おや、まだ話しますか? 次は『緊急対応割増』で倍額になりますが」


『ふざけんなああああ!』


 ブチッ。

 通話が切れた。


「……ふう。朝から5,000マナの臨時収入か。アリス、今日のランチは少し豪華にいきましょうか」


「やった! お寿司がいい!」


 私たちはハイタッチを交わし、社員食堂へと向かった。


 ◇


 一方、王都の宿屋。


「くそっ、くそっ……!」


 アルヴィンは石板をベッドに叩きつけた。

 口座残高は、今の通話でほぼゼロになった。

 手元にあるのは、錆びた聖剣と、硬いパンの耳だけ。


「金だ……金さえあれば、あんな奴……」


 彼は血走った目で部屋を見回した。

 そして、部屋の隅に置いてある自分の荷物に目を留める。

 そこには、かつて倒した魔物の素材や、予備のポーションが入っているはずだ。


「そうだ、これを売ればいい! 俺はSランク勇者だぞ、素材なんていくらでも持ってる!」


 アルヴィンは勢いよく鞄を開けた。


 しかし。


「……え?」


 鞄の中は、空っぽだった。

 正確には、一枚の羊皮紙が入っているだけ。


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【お知らせ】

在庫管理代行契約の解除に伴い、貴殿の荷物に含まれていた「クリフ個人所有の備品(ポーション、予備装備、魔物素材)」は、昨夜のうちに全て回収いたしました。


貴殿の私物は「汗臭いシャツ」と「穴の空いた靴下」のみでしたので、そのまま残してあります。


文責:クリフ監査事務所

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「あ、あああ……」


 アルヴィンは膝から崩れ落ちた。

 彼は知らなかったのだ。

 自分が「持っている」と思っていた財産のほとんどが、実はクリフが私財で買い揃えた備品だったということを。


「誰か……誰か、助けてくれ……」


 勇者のつぶやきは、誰にも届かない。

 聖女ミナは「なんかこの部屋、貧乏くさい匂いがする」と言って、早々にショッピングに出かけてしまった後だった。


(続く)


──────────────────────

【次話予告】

勇者「こうなったら新しい仲間を雇うしかない! 俺の人望なら余裕だろ!」

しかし、ギルド公式評価板には『勇者パーティ:ブラック企業認定(★1.0)』の文字が。

次回、勇者の悪評(ログ)が出回る中、クリフは新たな仲間(元同僚の盾役)を救済する。

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