第2話 もう一度、生きなければならないと?



……なぜだ。

意識が覚醒していく。

それと同時に、私は異変に気が付いた。

森の匂いが、変わっている。

湿り気のある土――先ほどまで感じていた足裏の感触とは違う。

知らない植物。知らない虫の鳴き声。

「……ここは、死後の世界?」

思わず、そう口に出していた。

なんと、死後の世界とは実在したのか。

だが、そう思う割に、自分の体に大きな変化はない。

痛みもあるし、寒さも感じる。

ただ、生前にいた冬の樹海よりも、気候はずっと温かかった。


私は羽毛入りのダウンジャケットを脱ぎ、ひとまずテントの中へしまう。

そしてサバイバルナイフ、懐中電灯、役に立つか分からない方位磁石、水、食料を手に取った。軽い探索に出ることにする。


仮に、ここが死後の世界だとして

死神だとか、天使だとか、そういったテンプレートな存在は見当たらない。

漫画などでよく見る、大切な人のお迎えも、なかった。


……まあ、もしあったとしても、あの人は怒るのか。

分からない。

だが、それでも。

会えたなら、それだけで死ぬ価値はあった、と思う。


しばらく森の中を歩いていると、珍しいものを拾った。

赤く、艶のある、大型爬虫類の鱗。

大きさは、手のひらほどだ。

……なぜ死後の世界にこんなものがあるのか疑問が浮かんだ。

しかし、人類が誰も到達した後に現世へ教えることのなかった世界なのだから、

予想外のことがあるのは、逆に日常茶飯事なのだろう。

ある意味、ここはなのだから。


探索を終え、キャンプ地へ戻った私は、

そこで初めて、はっきりとした驚きと恐怖を覚えた。


「……なんだ、あの粘液性のある物体は」

テントに、何かが群がっている。

あ、ちょ――

中、中はだめだ!!!

私は急いでサバイバルナイフを構え、テントへ走った。

蠢く物体をよく見ると、中心に臓器のようなものがある。

……突き刺せ、ということだろうか。

ナイフが、きらりと光る。

反射的に、私はへ刃を振り下ろそうとした。

その瞬間。

粘液の塊が、何かを飛ばしてきた。


「――っ、あぐッ!!」

焼ける。

痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

皮膚が焼け爛れ、

煙を上げながら衣服ごと溶け、素肌にまで達している。

まずい!

私はとっさに距離を取った。


現状整理だ。


探索から戻ったら、テントに粘液性の物体が群がっていた。

排除しようとして、臓器のような部分に攻撃を仕掛けた。

そうしたら、反撃された。

生存本能がある。

つまり――生物だ。

早急にどうにかしなければならない。このままでは、私の荷物が全て溶かされる。

現に、折り畳み椅子はすでにあの物体に取り込まれ、泡を出しながら、ゆっくりと吸収されている。

「……最悪だなぁ」


火。


そうだ、火だ。


異世界だろうが、死後の世界だろうが、火は、生き物にとって


ポーチの中に入っていたライターを取り出す。

応急措置用の包帯を適当な長さに裂く。

包帯で石を包み、投げられる簡易的な投擲武器にする。

焚き火のそばに置いていた調理用の油をかける。

私は息を整え、ライターを弾いた。

火が、包帯を舐める。

じわりと炎が広がり、ごうごうと燃え続ける。

腕を振り抜く。

燃える石が、風を切り裂いて飛ぶ。

放物線を描き、ぬらりと蠢く塊へ。

着弾。

「――――――ッ」

音にならない反応。

粘液が泡立ち、黒く縮む。

焼けた部分から、強烈な異臭が立ち昇った。

効いている。

生物は、ぶくぶくと沸騰した水のように膨れ、縮み、形を歪めている。

炎が消されることも想定していたが

どうやら、温度はあの物体の性質を上回っているらしい。

「……よし」

私は二投目を用意した。

同じ手順で、同じように。

今度は迷わない。

ぶん、と腕を振り抜く。

二つ目の炎が、夜を切り裂く。

着弾。

生物は、明確に逃げようとした。

だが遅い。

粘液の一部が地面に引きずられ、焼け、固まり、

動きが鈍る。

生きている。

だからこそ、苦しむのだ。

三投目。

炎に包まれた石が、

臓器のような核へ、直撃した瞬間。

「――――――」

声にならない圧が、空気を震わせた。

粘液が一気に崩れ落ち、

形を保てなくなったそれは、残火の中で、ただの黒い塊へと変わっていく。


動かない。泡も、煙も、もう出ない。


……終わった?

私は距離を保ったまま、息を殺して様子を見る。

心臓の音が、やけに大きい。

数十秒。

一分。

動かない。

ようやく、私は肩から力を抜いた。

「……はぁ……」

テントを見る。

何とか形は保っているが、雨風は凌げそうにない。

折り畳み椅子は完全に溶け、地面に張り付いていた。




ここは

死後の世界にしては、なんとも大変な場所である。









テントを見て、呆然としていた中。何かを呼ぶ声が聞こえてきた。

おそらく、誰かの名前だろう。段々とこちらに近づいてくるのがわかる。


……地鳴り?

いや違う。

何か、巨大な、足音だ…!

ズシンズシンと近づいてきたそれは、木の葉の隙間から顔を出した。


大きな、

爬虫類。


探索の途中で拾った鱗の持ち主だと一目でわかった。頭蓋に角が2本。知性のある瞳孔。背中にはコウモリの様な翼。

ギョロリ

私の両手ほどはありそうな瞳が、テントの焼け焦げた墨を見つめる。


「▤▤▤▥□▣▣▩◈◘◇▰◈▱?!?!」

驚いて、居る

「▥□▤◘□▩▰▱ギルベルト◘「▤「◇」

ギルベルトという名称だけ聞き取れた。


もしや、あの、粘液性の生命体の名前だろうか?

愛玩動物。あるいは、守護対象。

少なくとも、この存在にとっては大切なだったのだろう。


私は、無意識に一歩、後ずさった。

背中に、ひやりとした感覚。逃げ道は、ない。

爬虫類の視線が、ゆっくりと私へ向いた。瞳が、まっすぐに、私を捉える。

逃げ場のない距離。威圧。圧倒的な質量……殺されるか。

いや、もう死んだはずだけども。

そう思った瞬間。

爬虫類は、私の右腕へと視線を落とした。

焼け爛れた皮膚。

焦げた布。

まだ、じくじくと熱を持つ傷。

「……っ」

反射的に、腕を引こうとしたが

巨大な頭部が、ゆっくりと下がり、鼻先が傷の前で止まった。

熱い吐息が、かかる。

「▩◈▱……▤▥□」

声は、怒りの感情を孕んでは居なかった。


爬虫類は、私を見つめてからテントの方へのしのしと進んでいく。

溶けかけて殆ど使い者にならない荷物達をガチャガチャと纏め始めて一つの山にする。まるでゴミを片付けるように。


それから、炭になった粘液の生命体の残骸をかき集めて、袋に入れた。


「◈▱▥□◆◆◆」


ペコリと頭をさげ、爬虫類はのしのしとその場を後にした。



数分間

動けずにいた。

目の前で起きた現象が、予想外過ぎて。

子供の頃に遊んだゲームの記憶がうっすらと蘇る。

そうだ、あの爬虫類は、ドラゴンだ。

角の生えた蜥蜴の顔に、巨大な羽、大きな体躯。口から炎を吐く、伝説とかそういう感じのなんかすごいモンスター。


あんな風に人間臭い動向をする生命体ではないはずだ。

というか、ここは本当に死後の世界なのか?それこそ私の思い込みで、

私の世界とは違う異世界というやつで、私は死んでいなくて、何等かの理由でここにいるといのか?

私が生きている理由は?

私はここに呼ばれたのか?それとも不慮の事故なのか?



どうでもいい。

そう思った。


私は、一度、生きることを放棄した。

でも、

本当に死にたかったなら。

あの生物に襲われた時、

そのまま殺されていればよかった。

探索なんてせず、

餓死を選べばよかった。


それでも私は、動いた。

対処し、考え、

そして、生き延びた。

なら。

生きよう。


せめて、

自分から終わらせることだけは、

もう、やめにしよう。


異世界の夜は、

静かに、更けていった。

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