第2話 麦ちゃんは、もえています。②


新潟に生まれた場合まず漫画を読んで育つことになる。


生まれた場所が雪が降る地域であればあるほど、その傾向は強くなる。俺が生まれた村は日本における人が住める地域で最も降雪量が多いらしい。もともと日本で二番目だったけど、一番目の場所が廃村して地元が一番になった。


冬になれば一番というのに納得できるほど冬は雪が多い。人の背の三倍ほどの高さまで雪が積もり外に出るのも億劫になる。そうなると子供たちは漫画を読むしかなかったのだ。


というわけで俺と麦ちゃんを繋ぎ止めたのは漫画だった。


近所にあった各種雑誌の売られている個人経営のお酒屋さん(の娘)は、月刊週刊問わずあらゆる漫画雑誌を俺に譲ってくれた。読み終わった雑誌をリビングの机に置いておくと、たぶんお昼の間に麦ちゃんがトコトコやってきて手に取って部屋に戻る。


翌日の朝にはリビングの上に漫画雑誌が返却される。それと一緒にスケッチブックもあって、雑誌に掲載されている漫画に感想が添えられていた。その感想は楽しいとか面白いとか以上のどこか批評に近い文章で、ときに異様なまでに辛辣で、ときに擁護するような口ぶりで、それは麦ちゃんなりの生きているって表現だったと思う。


そんな生活が続いたある日のこと。朝起きてリビングに向かうといつものように漫画雑誌が返却されている。眠い目を擦りながら麦ちゃんが書いた感想を読もうかなと思いスケッチブックを手に取ると、隙間から挟まっていた手紙が一枚、ひらひらと落ちて机の下に潜った。


その場に身を屈めて机の下に手を伸ばす。指先に手紙が触れて、手繰り寄せるように捕まえる。ソファーに座って手紙を開く。手紙を書いたのは麦ちゃんで間違いない。そこには丸くてかわいい文字で、一生のおねがいが書かれていた。




一緒に漫画を描いてください




ハァ! ハァ! ハァ! とリズムを刻みながら白い息が空気中に霧散する。気づいたら俺は家の外に飛び出していた。雪の積もった地面を踏みしめる度に、ビチャビチャと水が跳ねる音が鳴った。地面は消雪パイプから放たれた水と雪が混じってぐちゃぐちゃだった。何も考えずに飛び出したからパジャマだったし、サンダルだった。しもやけの痛さで我に返るころには近所のお酒屋さんに辿り着いていた。


「いらっしゃいせー」


入店するとお酒屋さんの娘、平川胡桃の適当な挨拶が聞こえてきた。間抜けなその声を聴いて多少の落ち着きを取り戻す。俺は息を整えてから、胡桃が座っているカウンターに近づいた。胡桃は手元の漫画から目を離すと、俺の姿を見て怪訝な顔になった。


「漫画が描ける道具は売ってないかな?」

「お客さん、勘違いしてもらっちゃ困るね。ウチはこれでも酒屋だよ」

「……そうだよな。ごめん」


自分でも変なことを言った自覚はあった。お酒屋さんに漫画が描ける道具を求めるなんて意味の分からない怪しい客だ。パジャマだし、冬なのにサンダルだし。そもそも財布を持ってきていなかったから客ですらなかった。だから今の俺は胡桃にとってただの友達だったのだろう。


「っち、っち、っち。諦めるには早いっち」


いつものふざけたような態度でそう言った胡桃は、カウンターの下から小さなカバンを取り出した。漫画のことに関して、胡桃ほど頼りになる友達はいない。少年漫画から少女漫画までなんでもござれ。そして漫画家になりたいときも、胡桃に相談すると良い。


「わたしの趣味の漫画家セット。ご入用なんだろ? もってけ泥棒!」


親友からカバンを受け取って、僕は急いで家に帰った。


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