第1章 第3話 ねーねのいる場所

夕方、梓が玄関のドアを開けると、

ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。


「ねーね!」


「うわっ」


勢いよく飛びついてきたまゆを、梓は慌てて受け止める。


「ただいま」


「おかえり! はやかった?」


「普通だよ」


「じゃあ、いっしょにいる!」


理由もなく、そう宣言して、まゆは梓の服の裾を掴んだ。



居間では祖母が夕飯の支度をしている。


「梓、先に着替えてきなさい」


「うん」


「まゆは?」


「連れてく」


「え?」


梓が言う前に、まゆは当然のように手を握ってきた。


「ねーねといく」


「……はいはい」


梓は苦笑して、そのまま自分の部屋へ向かう。



部屋に入ると、まゆはベッドの上にちょこんと座る。


「ねーね」


「なに?」


「がっこう、たのしかった?」


「まあね」


「ふーん」


それだけ聞いて、満足したのか、

まゆはごろんと横になる。


「聞くだけ?」


「うん」


「もっと聞かないの?」


「だって、ねーねいる」


それだけで十分だと言うみたいに、

まゆは梓の袖を掴んだ。


梓は少しだけ驚いて、それから笑った。


「重いんだけど」


「やだ」


「はいはい」



夕飯の時間。


「まゆ、ちゃんと座りなさい」


「ねーねのとなり!」


「はいはい」


祖母は呆れたように言いながらも、

特に止める様子はない。


「ほら、こぼすわよ」


「ねーねがいるからだいじょーぶ」


「それ理屈じゃないから」


梓が言うと、まゆは楽しそうに笑った。



食後、テレビを見ながらまゆはすぐに眠くなる。


「もう?」


「ねむい」


「早すぎ」


梓が布団を敷くと、

まゆは当たり前のようにその横に転がった。


「ちょ、そこ私の場所」


「いっしょ」


「……もう」


そう言いながらも、梓は追い出さなかった。



電気を消す。


「ねーね」


「なに?」


「また、あしたもかえってくる?」


「帰ってくるよ」


「うん」


それだけ言って、まゆは目を閉じた。


すぐに、規則正しい寝息が聞こえてくる。


「切り替え早……」


小さく呟いて、梓も布団に潜り込む。


(まあ、いっか)


この距離が、今は心地いい。

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