4
ヴァルデン公爵家の厨房では
「よしスノア、今日もデザートを頼んだよ! 雪食器も多めに作ってほしい」
「はい」
スノアは短く返事をすると、せっせと手を動かした。ここでもスノアはよく働いた。
(これからどうなるかわからないけれど……今いる場所で精一杯頑張るしかないわ)
ヴァルデン公爵家の使用人たちはスノアに優しく、ヴァルデン公爵夫人も娘のように可愛がってくれる。そんな日々が続くうちに、スノアは次第に明るい気分になっていくのだった。
そんな折、ひょこっと金髪の青年が何の前触れもなく、厨房に顔を出した。
「やぁー、みんな! お菓子を作りに来たよー」
不思議なことに、厨房の誰も彼を追い払わない。
むしろ当たり前のように場所を空けたり、材料を差し出したりしている。
「君かい? 雪を降らせる珍しい子って? ……俺に見せてほしいなぁ」
青年の青い瞳がきらきらと輝き、スノアは頷いた。雪をイメージしながら手を前へ差し出すと、手のひらの上だけに白い粒がふわりと降り積もった。
「すごく不思議な魔法だね。外だけでなく室内でも雪を降らせるなんて……聞いたことがないよ。氷菓――アイスやジェラートにぴったりだ。君の名前は? 俺のお菓子作りを手伝ってほしいな」
「は、はい。スノアです。よろしくお願いします。少し前から、こちらでお世話になっています」
「スノアか……銀髪と銀の瞳にぴったりだね。俺はアレクシス。アレクでいいよ」
アレクは器用に生クリームを泡立てながら続けた。
「氷より贅沢なんだよ、雪って。だって溶けやすいし、ふわっとしてて形も保てないだろ? あの状態のまま常夏の国に持ってくるなんて、ほとんど不可能なんだ。氷の方がまだ運べるくらいさ。だから雪は、この国じゃ宝石みたいに価値がある。君は誇っていいんだよ」
アレクは午前中いっぱいヴァルデン公爵家にいて、どこかへ帰っていく。
「アレクはどういう人なんですか?」
「公爵夫人の親戚だよ。よく厨房に遊びにくるんだ」
コックたちが気軽に教えてくれた。
(なるほど……親戚なのね……)
アレクは週に二度ほど厨房へ現れ、そのたびにスノアを巻き込んでは、新しいお菓子を試した。彼のお菓子に雪が使われるのは、いつしか当然のことになっていた。そうして二ヶ月が過ぎた頃には、アレクと過ごす時間は、スノアにとって密かな楽しみになっていた。
その日もスノアは厨房で、雪皿の上にメロンや桃、葡萄などを丁寧に盛り付けていた。隣ではアレクが、果物に添える生クリームやプディングを黙々と作っている。
「最近はここに来るのが、前よりずっと楽しみだ」
そう言って笑うアレクの金髪が、陽光を浴びてキラキラと輝く。
その時、厨房の扉が控えめに叩かれた。アレクがいつも伴っている騎士が、遠慮がちに声をかけた。
「失礼いたします……殿下。王宮に戻られるお時間でございます」
スノアの手が止まった。
アレクは迷惑そうに眉を寄せる。
「もうそんな時間なのかい? まだいいだろう、あと少しくらい」
(殿下……? 今、殿下って言った?)
スノアは疑問を抱えたまま動けなかった。
騎士は一礼して下がろうとしたが、ふとアレクに身を寄せ、声を潜めた。
「王妃様から、“第二王子として遅れるな”と念を押されておりまして……早くしてくださいよ」
今度は、はっきりと聞こえた。
(アレクは王族だったんだ)
血の気が引いていく。これまで気軽に“アレク”と呼んでいた自分が急に恥ずかしくなる。
「も、申し訳ありませんでした。まさか第二王子殿下とは知らず……気軽に愛称でお呼びしておりました」
「ああ、気にしなくていいよ。伯母上には子どもがいないから、将来ヴァルデン公爵家を継ぐのは俺なんだよ。スノアはそのままずっと、俺をアレクと呼んでくれ」
ここへ来ているのはヴァルデン公爵から領地経営を学ぶためで、お菓子作りは気晴らしだと軽く言いながら、アレクは優雅に立ち上がる。扉に手をかけたところで、くるりと振り返った。
「そのデザートは伯母上と一緒に食べて。……また明日ね、可愛いスノア」
扉が閉まる。氷皿のプディングが、ぷるんと揺れた。
(か……可愛い、スノア……?)
アレクは王族で、でも私にとってはただの“アレク”だ。
そして、その名前で、これからも呼んでいいと言われた。
(……これからもずっと? ……ここにいていいの……?)
雪を扱う手は冷たかったけれど、心はどこかほんわかと暖かかった。
――――――End――――――
※最後までお読みくださりありがとうございます! 面白かったと思ってくださったら、ぜひ、いいね♡、レビュー☆をよろしくお願いします🙇🏻♀️
国から捨てられた伯爵令嬢、南国で売られる 青空一夏 @sachimaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます