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着いた先は常夏のサマリド王国。港に着くと、商人はスノアをサマリドの中心街へと連れて行った。向かった先は、彼の知り合いの少し大きめの魚屋、フィッシャーズだった。店先には樽と木箱が積まれ、塩と魚の匂いが漂っている。樽は魚の塩漬けに、木箱は魚の配達用だ。


「よお、景気はどうだい? 実は、雪を降らせる娘を連れてきたんだ。あんたの商売には役立つだろう? 高く買ってくれよ」

商人は軽く手を降り、愛想を振りまく。


「雪だと? この暑さにそんなもん……本当にできるのか?」

店主は半信半疑で眉をひそめた。

 

「おい、雪を降らせろ」

 商人がスノアの背中を、乱暴に押した。


スノアは空を見上げ、雪が舞う情景をそっと思い描く。すると白い粒がふわりと舞い落ち、スノアの周りに積もっていく。


「おぉ、すごいぞ。いくらだい?……魚屋には、うってつけの魔法じゃないか!」

店主の目が見開かれた。

 

「ふっ。そりゃあ半端な金額じゃ売れねえけどな。昔からのよしみだから、ちょっとは負けてやるぜ」



 

こうして、スノアはフィッシャーズで働くことになった。そこでは複数の男たちが忙しく魚を捌き、塩漬けや干物にしていく。庶民の口に入るのは大抵その塩漬けや干物。港に近い者だけが魚を生で食べ、内陸では火を通すのが普通だった。そして、スノアが出した雪は溶けにくく、生魚を保存するのに最適だった。

 

 店主の息子であるハリーは、日焼けした腕で魚を塩漬けした桶を運びながら、スノアを見た。


「雪を降らせるなんてすごいや。この国には魔法が使える人なんていないから、とても貴重な力だよ」


褒められたスノアは、思わず頬を緩めた。


「本当ですか? お役に立てたのなら、とても嬉しいです」


ハリーは少し驚いたような表情をする。


「言葉遣いが丁寧だよね。どこかの貴族令嬢みたいだ。銀髪に銀の瞳も珍しいし……やっぱり魔法が使えると、そんな綺麗な色になるのかな。この国に魔法はないから不思議な気分だよ」


スノアは視線をそらしつつも「ありがとうございます」とだけ言った。自分が伯爵令嬢であったことは、言わないことに決めていた。ここは祖国から遠く離れた国で、自分はもう国からも親からも捨てられたのだから。



 

ある日、買い物客の一人が不満げに、店主に向かってこう言った。


「この前買った魚なんだけどさ、家に着く頃には、少し匂っていたよ。カルパッチョで生のまま食べたかったのに、腹を壊しそうでやめたよ」


「あんたの家が遠いんだろ? この陽気じゃ、帰る頃には“生”じゃ食えない状態になるって普通なんだよ。悪いな、腹を壊されたらこっちも困るんだ。焼くなり煮るなりして、食べてくれ」


(……どうにかできないかな)


スノアはその晩考え続け、翌朝ふとひらめいた。濡らした麻布で魚を包み、その周囲に雪を詰め、さらに外側も布で巻く方法だった。


「これなら鮮度も保てて、持ち運びも便利だと思います。雪が溶けても布が吸収しますし、私の雪は溶けにくいので冷たさも保てます」


店主は目を丸くし、やがて唸った。


「うーむ、そりゃあ名案だな。配達でも重宝するし、客も喜ぶぞ」


「すごいなスノア。本当によく考えたね」


ハリーは感心したようにスノアの頭を撫でた。スノアに兄はいない。けれど兄がいたらきっとこんな感じだったのかなと思い、ほんの少しだけ、この店に馴染めた気がした。


その日以来、フィッシャーズの魚は“家に着いても新鮮なまま”という口コミが評判になり、店はさらに繁盛した。スノアは初めて、自分の力が誰かの役に立つ瞬間を知ったのだった。



 

ある日のこと。フィッシャーズの店主が高級レストランへ魚を納品することになり、スノアも手伝いとして同行した。


白い外壁に蔦が絡む瀟洒な店構えで、扉を開けば香草とバターの香りが漂う。厨房では白い制服の調理スタッフたちが忙しなく動き、店の奥にはオーナーシェフがいた。


「納品です、シェフ。今日もいい魚ですよー」


店主が木箱の蓋を外した途端、冷気がふわっと立ち、オーナーシェフは目を見開いた。麻布で包んだ魚の上下に雪が敷き詰められ、まだ冷たく輝いていた。


「……まさか、これは雪か? しかも溶けていない。どうやって……」


「この娘が魔法持ちなのですよ。雪を降らせることができるんです。スノア、ちょっとここで見せてあげてくれ」

店主が得意げにスノアを紹介した。


スノアは小さく手を差し出すと、手のひらの上だけに白い雪がふわりと降り積もった。外に降らせるだけだった雪は、気づけば室内でも、手元にだけそっと落とせるようになっていた。オーナーシェフは息を呑んだ。


「雪を降らせる少女? この子がいれば、魚は新鮮なままだし、肉も腐らない。いや、それだけじゃなくて……デザート作りでも大活躍だ……君は宝だよ!」


オーナーシェフは店主とスノアを別室に案内すると、真剣な顔で交渉を始めた。


「いくらだったら、譲ってくれる? どうしてもこの子が欲しい」


店主は最初「従業員だ、売りものじゃない」と断ったが、やがて積まれていく金貨の山に目を奪われる。


スノアはただそれを見つめていた。売られる自分を悲しむべきなのか、それとも役に立てることを喜ぶべきなのか、よく分からなかった。

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