国から捨てられた伯爵令嬢、南国で売られる

青空一夏

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 アイスランド王国は、一年中雪が降る。白一色に沈む豪雪の国だ。屋根は雪の重みで軋み、街道はすぐに埋まる。人々は雪下ろしと除雪に追われながら暮らしている。この国にとって雪は景色ではなく、日常を脅かす厄災だった。


「おお、なんという恩寵だ! エレーナは空を晴らす力を授かったぞ。豪雪の国に光を呼ぶ、まさに希望の女神だ!」


 神殿に響いたのは、王のご満悦な声だった。褒めそやされ、エレーナは誇らしげに微笑む。今日はアルベリオン伯爵家の双子が、魔法の祝福を授かる日。この国では十五歳になった者が、神殿で王と大神官の前に立ち、自分に与えられた魔法を告げられる。エレーナは先に儀式を終え、賞賛を一身に浴びていた。その隣で、スノアは少し緊張しながら自分の番を待っている。


「さあ、次はスノアだな! エレーナがあれほどの魔法を得たのだ。双子であるそなたにも、きっと素晴らしい祝福があるだろう!」


 王は笑顔のまま、期待を隠そうともしない。上座から身を乗り出し、にやけたまま両手を擦り合わせる。スノアの両親も娘たちの少し後ろで、やはり王と同じように期待の眼差しを向けていた。スノアは緊張した面持ちで大神官を見つめた。大神官は祭壇に手をかざし、浮かび上がった光の色を見て目を見開く。一拍の沈黙のあと、声が震えた。


「……ス、スノア様の魔法は……雪でございます」


 次の瞬間、王の怒号が炸裂した。


「雪だと!? この国は一年中、雪で埋もれているのだぞ! 山ほど、腐るほど、売るほど雪があるというのに! なぜよりによって“雪”なのだ! 晴れを呼ぶエレーナとは対照的に、こやつは国を害する魔法を授かったというのか!」


 王は拳で肘掛けを叩いた。スノアはびくりと肩を震わせ、両親の後ろに身を隠す。王の怒りの矛先は次にスノアの両親へ向いた。


「アルベリオン伯爵、そなたたちは災いの子を産んだのだぞ! これ以上、雪が降ることになったら、民達は氷漬けになってしまうわい!」

 

 両親は床に膝をつき、震える声で弁明の言葉を探したが、何も出てこない。

 王は冷たく吐き捨てた。


「スノアはこの国に不要だ……いや、害悪だ。善処せよ。わかったな!」


 その言葉は剣よりも残酷に響いた。

 父が青ざめた顔で叫ぶ。


「もちろんです、陛下! す、すぐに手配いたします。スノアは……もう、私たちの娘ではありません! 陛下の目には二度と触れさせませんので」


 母は唇を噛んだまま、ただ頷いていた。スノアは恐怖で青ざめ、細かく震える身体を必死に押さえていた。



 

「……スノア、あなたが出来損ないだから、私が恥をかいてしまったのよ! 災いの子を産んだ、なんて言われて……スノアなんて生まなければよかった」


 屋敷へと帰る馬車の扉が閉まった瞬間、母が眉間を寄せながら冷たい声を出す。母の瞳は怒りに揺れていた。神殿で受けた屈辱が、耐えられなかったのだ。


「害悪、だと陛下は仰った。あれは誇張ではない。事実だ。なんという情けない……スノア、お前にはなんの価値もない……それどころか厄介者だぞ」

 父の冷たい視線がスノアに突き刺さった。


「ねえスノア、自分で分かってる? 私は晴れにすることができて、皆の気持ちを明るくさせるわ。だから、王様にも褒められたのよ。でもあなたの魔法は迷惑なだけよ。双子のあなたがそんなんじゃ、私だって他の貴族に馬鹿にされてしまうわ」

 エレーナがぶつくさと文句を言いながら顔をしかめた。


「……とにかく、お前には屋敷を出て行ってもらう。アルベリオン伯爵家の面汚しめ!」


 スノアはなにも言い返せなかった。この国では『雪は厄災』で、それはもう疑いようのない常識だった。だから、雪を降らせる魔法を授かった自分が悪いのだと、そう思い込んだのだった。




 屋敷の敷居を跨いだ瞬間、父は振り返りもせず命じた。


「荷物をまとめろ。いますぐだ」


 その一言で、スノアの身体から血の気が引いた。

 母の声はさらに冷酷だった。


「ドレスや宝石は置いていきなさい。あなたはもう貴族じゃなくなるのだから」


 スノアは声を失ったまま頷き、自室へ向かう。最初はただ呆然としていたが、歩くほどに現実が押し寄せ、滲む涙を止められなかった。部屋に入る頃には、もう嗚咽に変わっていた。


(ここを追い出されたら……私はどこで眠るんだろう? ……どうやって生きていけばいいの?)



 

 午後になると、伯爵家に顔なじみの商人が訪れた。国をまたいで塩や香辛料を運ぶというその男に、父は淡々と告げた。


「こいつを国外へ連れて行け。もう親子の縁は切った。豪雪の国で雪を降らせる魔法など、呪いでしかない」


「ふっ。まぁ、そうなるでしょうめ。このアイスランドは魔法至上主義。王もそこにしか価値を見いださない。仰せの通り、二度と戻れぬよう遠くの国へと連れていきましょう」

 商人は目を細め、愉快そうに笑った。

 

(ああ、本当に捨てられたんだ……)


 スノアは絶望の深いため息をついた。その日のうちにスノアは港へ連れて行かれ、大きな帆船に乗せられる。白い波が砕け、甲板では海風が湿った髪を揺らした。こうして海を渡る旅は数日間続いたのだった。

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