第4話 朝焼け色のドレスー夢への翼

 そして、マージが二十歳になる春の日。


 マリアの家に、差出人のない小さな包みが届いた。

 包みを開くと、そこには一着のドレスが入っていた。鮮やかなオレンジ色。まるで辺境の空に昇る朝陽のような色だった。


「まぁ…新繊維のドレスなんて」


 ドレスを手に取るマージに、思わず夫人が呟く。悪気はないのだろう。ただ、夫人にとっては、改まった式典に着るドレスの範疇にも入らなかった。

 その口を塞ぐように、マリアが飛び出してきた。


「マージ!お兄様ね?お兄様からのドレスなのね!?」


 マリアのために誂えられたシルクのドレスとは比べようもないが、それでも丁寧に仕立てられていた。


 その下に、一枚の短い手紙があった。


「お前に似合うと思った。ちゃんと前を向いて行け」


「兄貴…遅いよ、バカ…」

 

 マージは、胸がいっぱいになって、声も出せずにドレスを抱きしめた。


 きっとレオは、慣れない中央都市の店で、震える手でこの色を選んだのだろう。妹の輝かしい未来を思い浮かべながら。



 その春――中央都市で行われた卒業式の壇上に、朝焼けの色のドレスを着たマージがいた。


 「――本日は、私たちのために、このような晴れの場を設けてくださり、ありがとうございます。

 私は、辺境都市サン=エルの下町で育ちました。舗装も剥がれかけていて、雨が降るとすぐにぬかるむような場所です。

 そんな場所から、今日この壇上に立っている自分を、今でも少し不思議に思っています…」


 会場に不思議な風が吹いているように、マージには感じられた。


「私がここまで来られたのは、私が特別だったからではありません。

 私を信じてくれた人たちがいたからです。

 勉強する私のそばで、静かに部屋を出ていってくれた人。

 学費のために、汚れた手で働き続けてくれた人。

 名前がここに刻まれることのない、たくさんの人たちの支えの上に、私は立っています」


 カメラのフラッシュがいくつも光る。観客席の暗がりに見える、ラジオ取材のマイクに向かって、マージは届けるのだ。


――ねぇ、兄貴。聞こえる?この街のどこかで、聞いてるかな。

 

 「学ぶということは、一人で階段を登ることではないのだと、私はこの学院で知りました。

誰かの時間と、誰かの希望を背負って、はじめて一段上に立てるのだと。

 今日、ここに立つ私たちは、きっとこれから違う道へ進みます。

 でも、どうか忘れないでください。

 私たちが進む一歩の後ろには、翼を付けて押し上げてくれた無数の手がある」


 聴衆のなかに、マリアの両親を見つけた。ここにいる人たちもまた、自分を押し上げてくれた翼なのだと、マージは思い、かすかに目礼を送った。夫人は真っ白なハンカチでそっと目頭を拭っていた。


「その人たちの誇りになるように。

 私たち自身の未来を、どうか大切に歩いていきましょう」


 新繊維のドレスだって、恥ずかしくなんかない。ここには、レオがマージに賭けた夢が詰まっている。それは勇気となって、マージに翼をくれるのだ。


 割れるような拍手が湧き起こり、スポットライトが輝きを増す。


 辺境の下町から来た少女が、光の中で真っ直ぐに前を向いていた。


―END―

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朝焼け色のドレスー辺境の少女は家族の夢を纏う Jem @Jem-k-s

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