第2話 兄貴との別れ
薄暗がりの中、マージはそっとため息をついた。
事件が起きた夜のことを思い出す。
ジメジメと小雨のつづく夜だった。いつもの通り、勉強するマージの邪魔をしないように外出したレオが、血相を変えて帰ってきたのだ。
「デュランのバカ息子に、怪我させちまった…」
マージの顔が、サッと曇った。デュラン家といえば、都市の議員を務める有力な一族で――その父親の強権ぶりから息子の放蕩ぶりまで、下町で知らない者はいなかった。
「何それ…兄貴、何したのよ!?」
レオは、その日、ソフィア叔母の経営する酒場に顔を出したのらしい。ちょうど居合わせたデュランの息子はひどく飲んだくれて、店の若い娘に絡み始めた。それを庇おうとしたレオと大喧嘩になったという。
些細なきっかけだが、結果は最悪だった。怪我の責任はすべて辺境の荒くれ者であるレオに押し付けられた。
「しばらく、消える。デュランの野郎、何を仕掛けてくるかわからねぇ」
兄は、鞄に最低限の荷物を突っ込み、マージに1本のヌンチャクを握らせた。
「お前は、コレ持っとけ。俺のタマシイがこもった相棒だ。きっと、お前を守ってくれる」
マージが目を見開く。
「ちょ、あたしがヌンチャク振り回してどーすんのよ!責任とれ!守れ!バカ兄貴ー!!!」
霧雨の中に消える兄の後ろ姿に、マージの怒声は届かなかった。
少女がヌンチャク1本構えたところで、どうにもならないだろう。残されたマージは、報復を恐れて下町を離れ、マリアの家に身を寄せることになったのだ。
――バカ!バカ兄貴!あたし…あと半年で学院を卒業するんだよ。ずーっと成績最優秀で頑張ったのに…
あの夜から、兄からの連絡はない。
――頑張ったのに…卒業式を見に来てくれる人はいない…
マージの瞳に、みるみるうちに涙が溢れてきた。
たった一人の兄、レオ。
喧嘩っ早くて、口も悪くて。でも、女子供には手を上げることも、声を荒げることも、絶対になかった。マージが貧しい生活の中でも夢を失わず、腐らずにいられたのも、好きなだけ本を読ませてくれた兄のおかげだ。
兄の不器用な笑顔が急に胸に込み上げてきた。マージは零れる涙をこすって、柔らかな羽布団を肩まで引き上げた。
–つづく–
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