永い夜

 俺の役割。そうだ、俺には役割があって、誰もいない水星こんな星にいるんだった。あの建物は観測所だ。人類が初めてこの星の極地以外に造った観測所。俺はそこの観測員だ。あの日、俺の意識が目を覚ます直前、地球と連絡が取れなくなったんだ。地球との連絡が取れなくなって俺は目覚めた。地球と連絡をする方法を見つけるために。

 地球と連絡が途絶えるたびに観測所と地球を繋ぐ。もう何百回と繰り返し行っていた作業。無機質な部屋もあくまで人間が来た時のものばかりで、俺は立ったままスリープしている。


 最後のスリープ前、外を見たときのあの日の光。あのぬくもり。


 あのぬくもりは俺に確かな爪痕を残していた。それなのに、どうして俺は忘れていたのだろう。どこかに損傷個所があるのかもしれない。後で検査しなければならない。そして地球と連絡を取らなければ。

 急いで観測所を目指す。しかし、俺の歩みは急速に遅くなってきていた。水星の重力はかなり小さいはずなのに身体が重い。全身の異常を示すアラートが鳴った。

 そうか、温度が高すぎるんだ。俺の身体のあらゆる部品が悲鳴を上げながら溶けていく。今の俺は見るに堪えない姿だろう。本来、俺は屋内での使用を前提して作られている。ある程度なら耐えられるが、水星の日向の温度は400度以上あるし、太陽からの強烈な放射線も身体を蝕む。部品が急速に劣化してもおかしくない。

 足のセンサーが反応しなくなった。俺は倒れこむ。

 役割を思い出した以上、それを遂行するのが俺の役割だ。ただ、俺の中に芽生えた確かな意識。人造人間の俺に生まれるはずの無いこの意識は何だろうか。システムエラー?まず間違いなく、地球ではそうみなされるだろう。あの役立たず、と。しかし、俺はこの意識、感情を忘れたくない。俺のあらゆるパーツはシリコンやら金属やらと無機質なものばかりだが、あのスリープ前に感じたぬくもり。そして朝日を見た瞬間のぬくもりを忘れたくない。

 もう俺の頭脳部分も破壊されつつある。全身の制御はもうできない。頭脳を制御しきれなくなるのも時間の問題だろう。

 不思議なことに、あれだけ太陽に対して覚えた恐怖も、感慨も忘れることは無かった。だが、俺がもう少しで完全に破壊されてしまうことに対しては何も思わない。ぬくもりで生まれた自我というのは存在するのだろうか。一気に視界が暗転する。また永い夜が始まるのだと思い、俺は目を閉じた。

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永い夜 にほんしゅ @sscsen

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