第3話
ギルドから一歩外に出ると、太陽の熱気が肌を焼くように感じられた。しかし、僕の心臓はそれとは別の熱でドクドクと激しく脈打っていた。マリーの柔らかい腕が僕の腕にしっかりと絡みつき、その温もりと、時折押し付けられる大きな胸の感触が、僕の思考を完全に停止させていた。
「ねぇ、勇者さま。そんなに顔を赤くして、熱でもあるの?」
マリーは僕の顔を覗き込むように見上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。その銀色の瞳が僕の動揺を全て見透かしているようで、さらに頬が熱くなる。
「ち、違う! ただ、その……暑いから」
しどろもどろに言い訳をする僕に、マリーは「ふふっ」と可愛らしい笑い声を上げた。その声が、僕の耳元で甘く響く。
ギルドの前を行き交う冒険者や商人の視線が僕たちに向けられているような気がして、僕は俯き加減で歩いた。この都市国家の石畳の道は、土埃で少し白っぽく、時折風が砂を舞い上げる。遠くには、砂漠の荒涼とした景色が広がっているのが見えた。普段ならもっと周りの景色に目を奪われるはずなのに、今はマリーの存在が僕の視界を独占していた。
冒険者ギルドから宿までは歩いて十分ほどの距離だ。宿の看板が見えてきた時、僕は少し安堵した。早くこの状況から逃れたい、という気持ちと、この時間がもっと続いてほしいという相反する感情が入り混じる。
宿は木造の三階建てで、一階が食堂と酒場になっている。僕たちは階段を上り、二階の部屋へと向かった。部屋の扉を開け、マリーが先に中へ入る。彼女はくるりと振り返り、僕に微笑みかけた。
「さあ、勇者さま。お疲れ様でした。今日はたくさん歩いたでしょう?」
僕が部屋に入ると、マリーは音もなく扉を閉めた。部屋の中はシンプルで、ベッドが二つと小さな机、椅子が置かれているだけだ。いつもならエルザとシズもいるはずなのに、今はマリーと二人きり。急に部屋の空気が重くなったように感じた。
「あ、ああ……疲れたな」
僕はどもりながら答えるのが精一杯だった。どうしたらいいのか分からず、ただ突っ立っていると、マリーが僕の腕からそっと手を離した。
「喉が渇いたでしょう? 冷たい水でも用意しましょうか?」
マリーは僕を気遣うように言った。その声は優しく、まるで母親が子供に話しかけるような響きがあった。しかし、その甘美な声に僕はさらに心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
「いや、大丈夫だ。それより、マリーも疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」
僕は慌ててそう言った。マリーが僕のために何かしてくれる、という状況がとても恐ろしく感じられたからだ。
「あら、私の方が元気ですよ。健一郎さまが疲れているように見えますもの」
マリーは僕の顔をじっと見つめてくる。その視線に耐えられず、僕は視線を逸らして、部屋の隅にある小さな窓の外に目をやった。夕暮れが迫り、空が茜色に染まり始めていた。
「あ、そうだ! エルザとシズは、その、いつ頃帰ってくるんだろう?」
無関係な話題を振って、この気まずい雰囲気を打ち破ろうと試みた。
「さあ、分かりませんね。でも、あまり遅くはならないと思いますわ。健一郎さま、もうシャワーを浴びて、さっぱりしましょう?」
マリーは僕の質問には答えず、再び僕の顔を覗き込むように近づいてきた。その距離は、もう息がかかるほど近い。マリーの吐息が僕の頬をかすめ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
シャワー、という言葉が僕の頭の中で何度も反響する。まさか、一緒に、などという展開にはならないだろうか? そんな妄想が頭をよぎり、僕は一歩後ずさりそうになった。
「え、えっと……その、それは、自分でやるから」
完全に狼狽している僕を見て、マリーはまた可愛らしい笑い声を上げた。
「ふふ、ごめんなさい。健一郎さまったら、本当に面白いですね。私がお世話してさしあげたかったのに」
そう言って、マリーは僕の胸にそっと手を当てた。その掌の感触が、僕の鼓動をさらに早くする。
エルザやシズがいない中、マリーと二人きりの宿の部屋。僕の異世界生活は、まだ始まったばかりだというのに、早くも予測不能な事態に直面していた。
果たして、今夜、僕は無事に眠りにつくことができるのだろうか。僕の頭の中は、マリーの言葉と、その温かい手の感触でいっぱいだった。
偽物世界の勇者物語 三枝 優 @7487sakuya
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