第3話 110円のあんぱん

 バイト先で佐藤哲也ことコドオジは、品出し担当であったので、顔を合わせるのは、休憩時間が重なった時の休憩室だけであった。

 初対面での失礼な態度が気に入らなかったし、年も離れてそうだったので、特に興味がなかった。しかし、狭い休憩室では、彼が居ると嫌でも視界には入るのだ。

 彼の休憩室での過ごし方は、ルーティーンの様に毎回、左手に110円のあんぱん、右手にスマホで時折、ニヤッとするがお決まりだった。

 そして、左手の110円のあんぱんが、会う時によって、つぶあん、こしあん、しろあん、うぐいす、金時の5種類で周回してるのがすごく気になった。

 彼と休憩時間が重なったある日、珍しくイヤホンをはめ、スマホを横向きで机に置き、両手の人差し指で携帯の画面を集中して叩いていた。その振動で、机が揺れてガタガタ音が鳴るのうるさく感じ、無性にイライラしてしまった。

 「その110円のパン好きなんですか?」

 「……。」

 「そのパン好きなんですか!」

 「えっ?ぱん?」

 「あと…それうるさいです」

 「あっ、ごめん、音漏れてた?」

 無意識に、話しかけてしまった事、そして、ぱんについて聞いてしまったことに自分で驚き、少し恥ずかしくなった。

しかし、彼の返答が、こちらの意図とズレていた事に、苛立ち、すぐに素にもどったのだった。

 そして、頬の火照りが彼への想いで白色に戻る頃に、彼は私の方を見て話かけてきた。

 「このゲーム知ってる?アイドルダンスっていうんだけどさ、この鬼レベルが難しくてさ〜」

 そういって、スマホの画面を見せてきた。スマホの中では、可愛い色とりどりの女の子が音楽にのって笑顔で踊っていた。

 「知りません、スマホのゲームとかやらないので」

 この返答で興味が無いことを、伝えたつもりであったが、こちらの意図など汲み取る事なく、彼はゲームの説明を続けた。

 そうか、彼は国語と道徳ができないのか、自分の中で納得した頃、長い説明が終わった。

 とりあえず、リズムに合わせて、画面を叩いたり、スワイプしたりするらしい。

 「ほいっ、やってみ」

 こちらの意見など、無視で前奏が始まったスマホを渡してきた。

 少し戸惑ったが、上手くできず、彼がこちらを馬鹿にする態度が脳裏に浮かび、それだけは、防ぎたかった。

 演奏が終わったあと、画面の向こうのアイドルが私を褒めてくれた。

 「まるこちゃん、何でできるの?これ鬼だよ?やったことあるでしょ、これ」

  彼は、興奮気味で喜んでいた。

 予想していなかった反応だが、これは、これでキモい。

 「中、高と吹奏楽部だったので、リズム感覚にはね、自信が」

 私としたことが、 話の流れで、自分の過去の情報を、与えてしまった。

 悔しい、早く休憩時間終わってくれ!そう思った。

 「なるほど〜じゃあ、また鬼クリア頼むわ」

そう言って、彼は品出しに戻ろうとした。

 なぜか、ただ都合よく使われるのが許せなくて。

 「じゃあ、見返りを要求します!」

 「そう来ましたか〜保留で」

そう言い残して、彼は休憩室を急いで出て行ったのだった。

 彼が去って、1人で考えていた。

 なぜ、あんな事を言ったんだろう…

 見返り?そんなの要らない、あんな人、関わらない方がいい部類の人に決まってる。

 私は、関わる理由を作ってしまったのだ。

 彼のペースに乗せられて、冷静さを欠いていたぞ、私!

 そうだ、次頼まれた時、嫌な顔して、断ればいいんだ、そうしよう。

 そんなことが、あって短く長い、休憩時間が終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る