第2話 “陽”の人間

 二人に少し遅れる形で、俺も教室に入った。


 自分の席へ向かいながら、なんとなく周囲を見渡す。すでに二人は教室にいた。


 すぐに大和の姿が目に入った。

 机の周りにはいつもの仲間がいて、何やら楽しそうに話している。


 ……大和は、いわゆる“陽”の人間だ。

 よく笑い、冗談も言うし、クラスの中でも決して目立たないタイプではない。

 場の空気を和ませるのが上手くて、自然と人が集まってくる。


 そんな大和が、友達に囲まれて笑っている光景は、今さら珍しいものでもなかった。


 一方で波瑠も、明るくて誰とでも話せる。男女問わず友達が多く、しかも容姿もいい。

 同じクラスにいれば、自然と視線を集める存在だ。


 そんな二人が幼馴染で、いつも一緒にいる――。

 けれど不思議なことに、波瑠と大和のグループは、ほとんど重ならない。

 波瑠はクラスの中心にいるタイプの男女と、大和はどちらかといえば、ノリの軽い男子連中や部活組と。


 だからだろうか。

 「どうしてあの二人が一緒なんだ」

 「どこが波瑠と大和がお似合いなんだ?」

 そんな空気を、波瑠とよく話している男子から俺は何度も感じてきた。


 実際、陰で大和のことを茶化したり、遠回しに見下すような言い方をするやつもいる。

 波瑠が表立ってかばうことで、露骨なものは減ったけれど、嫉妬や好奇の視線が消えたわけじゃない。


(……そんな俺は、2つのグループを行き来している)


 同じ中学で仲が良いということで、大和と波瑠の間に立っているのは、俺だ。

 誰かを傷つけたいわけじゃない。

 ただ、三人で並ぶときに生まれる、この妙な緊張だけが、どうしても気になってしまう。


 席に向かう途中、友達と話していた波瑠と目が合った。

 すぐに気づいたらしく、周囲の視線もこちらに集まる。

 何人かが軽く手を振ってきたので、俺も小さく返し、自分の席に座った。


 すると、波瑠が目を見開いてこちらを見つめ、友達に何かを耳打ちしてから、俺の方へ歩いてきた。


 正直、身に覚えはない。

 なのに、波瑠の表情はどこか不安そうだった。


「……悠真、最近こっち来ないよね」

「え?」


「前は、朝もよく一緒に話してたのに。私、何かしたかなって……」


 なるほど。

 俺がこのところ、あの輪に入らなくなっていたことを、気にしていたらしい。


 別に、意識して距離を取っていたわけじゃない。

 ただ、最近の波瑠の俺との距離が、どうしても落ち着かなくて――。


「朝は、ちょっと一人でいたくなっただけだよ。波瑠も、俺のことは気にしなくていい」

「……え?」


 途端に、波瑠の表情が強張った。


「どうして、そんな言い方するの?」


 そう言って、俺の制服の袖をぎゅっと掴む。

 思った以上に力が入っていて、驚くほど近い距離で、真っ直ぐに見つめられた。


 周囲の視線が集まるのを感じる。


「……悠真に、そんなこと言われたくない。私……置いていかれるみたいで、嫌……」


「お、おい……」


 慌てて声を落とし、周りを気にしながら言う。


「悪かった。そんなつもりじゃない。ただ、少し気分の問題ってだけだ。……だから、波瑠がこっちに来てくれてもいい」


 そう言うと、波瑠は一瞬驚いたあと、ほっとしたように小さく息を吐いた。


「……うん」


 涙を浮かべながら、それでも微笑うその顔に、思わず言葉を失う。

 綺麗だ、なんて月並みな言葉しか浮かばないのが、悔しい。


「もう……悠真はひどい。不安にさせておいて、最後にそんなこと言うんだから……」


「……波瑠?」


 ……やっぱり、どこか様子がおかしい。

 俺の一言に、揺れすぎじゃないか?


 仲良くはあるけれど、ここまで感情を露わにするタイプだっただろうか。

 俺を見つめる視線が、熱を帯びているように感じて、思わず目を逸らした。


「……大丈夫。でも、無理はしないでね。それと……もし、どうしても一人が嫌になったら、ちゃんと言って。……私、待ってるから」


「……ああ」


 そう答えると、波瑠は小さくうなずき、友達の方へ戻っていった。

 途中で一度だけ振り返り、手を振ってくる。


 嵐が過ぎたような感覚に、俺は大きく息を吐いた。


 そのとき、肩を軽く叩かれる。


「おー、悠真。珍しいな、お前が一人でいるなんて」


「……藤原か」


 声をかけてきたのは、クラスメイトの藤原。

 明るくて人懐っこい、よく話す友達だ。こいつも、波瑠のいるグループと大和のいるグループ、どちらにも顔を出すタイプだった。


「さっきの、波瑠ちゃんとなんかあったのか?」

「別に。ちょっとした話だよ」


 藤原は「ふーん」と意味ありげに呟きながら、俺の視線の先を追った。


 そこには、波瑠が大和の席に近づき、何か話しかけている姿があった。

 大和は相変わらず柔らかく笑っているが、よく見れば、ほんの少しだけ表情が硬い。


「相変わらずだな、あの二人」

「……そうだな」


 言葉少なに返しながら、俺は教室の空気を意識していた。

 波瑠の周りにいる連中――特に男子の視線は、どこか冷ややかだ。


「波瑠ちゃんのとこにいるやつら、あんま大和のこと好きじゃねえよな」

「……まあ、そういうのは、前からだろ」


 藤原は肩をすくめる。


「どっちも同じタイプの人種なのにグループ違うって、ややこしいよな。波瑠ちゃん側の連中、正直『なんであいつが』って顔してるし」


 否定はできなかった。

 大和は大和で、クラスの中では人気者だ。冗談も言うし、空気も読める。

 けれど、波瑠と一緒にいるときだけ、なぜか周囲の視線が変わる。


 羨望とも、嫉妬とも、値踏みともつかない、居心地の悪い視線。


「外野がとやかく言うことじゃないんだけどな」

「だよな。……それにさ」


 藤原は少し笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。


「大和は言われるのに、お前は何も言われないの、ずるくね?」

「……何が」

「顔。どう見てもお前の方が得してるだろ」

「それか、どっちのグループにもいるからかだな」


「は?」


 思わず間の抜けた声が出た。

 そんな俺を見て、藤原は呆れたように笑う。


「マジかよ。自覚なしか。波瑠ちゃんの周りで、変な噂も立たずにいられるの、お前くらいだぞ」


 ……そういうものなのか。

 自分のを意識したことなんて、正直ほとんどなかった。


 俺が返事に詰まっている間にも、波瑠は大和に何かを話しかけ、大和は苦笑しながらそれを聞いている。


 けれど、俺の胸の奥には、さっきから消えない違和感があった。


 ――波瑠って、あんな目をしてたか?


 俺と話していたときの、あの真っ直ぐで、熱を帯びた視線。

 今、大和に向けている視線は、どこか落ち着いていて、関心がなさそうなドライな目。


 “俺なんか”と“幼馴染という特別な関係”に向ける目とは、思えないほど、違って見えた。


(……気のせい、か)


 そう自分に言い聞かせながら、俺はしばらく、二人の背中を見つめていた。








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