性格良し、外見良しの幼馴染がいる美少女は、俺しか眼中にないらしい。
ふるーる
第1話 ただの友達。
今、俺――朝比奈悠真は、通学路の途中にある小さな交差点で、二人を待っている。
住宅街の角にある、信号もない十字路。
登校する生徒たちはそれぞれ別の道へ散っていき、ここに立ち止まるのは、たいてい待ち合わせをしているやつくらいだ。
朝の空気はまだ少し冷たく、制服の上からでも春の名残を感じる。
鞄を肩にかけ直しながら、俺はスマホを取り出して画面を眺めた。
時刻は、いつもとほぼ同じ。
なのに、なぜか今日は、やけに時間が長く感じる。
(……まだ来ないか)
(……今日は一年生の入学式だというのに、あいつらは)
メッセージアプリを開いてみるが、新しい通知はない。
送るほどの用事でもないから、そのまま画面を閉じる。
別に、待つのが嫌なわけじゃない。
むしろ、こうして誰かを待つ時間は嫌いじゃないはずだ。
――ただ、少しだけ、胸の奥が落ち着かない。
理由はわかっている。
この場所で待っているのが、「誰か」じゃなくて、「あの二人」だからだ。
幼い頃から一緒で、今も当たり前のように隣を歩く二人。
そして、俺はその二人のすぐ隣を歩く、ただの友達。
……いや、ただの友達、のはずだ。
視線を上げると、交差点の向こう側の道がまっすぐに伸びている。
その先から、制服姿の生徒たちがちらほらと現れては、すれ違い、通り過ぎていく。
何人か知っている顔もあったが、俺の探している姿はまだ見えない。
(今日は、少し遅いな)
そんなことを考えたときだった。
視界の奥、ゆるやかなカーブの先から、見慣れたシルエットが現れる。
小走りでこちらへ近づいてくる二人。
手を伸ばせば届く距離まで来たところで、先に声をかけてきたのは――
「待たせてごめん」
穏やかな声の持ち主、神谷大和。
成績良し、運動もできて、性格もいい。そして、イケメン。クラスの中心に自然といるようなやつだ。
そして、その隣。
「遅くなりました。ごめんなさい、悠真」
そう言って微笑んだのは、綾瀬波瑠だった。
さらりと風に揺れる長い髪、まっすぐで優しい眼差し。
誰が見ても「きれい」と言うだろう容姿で、実際、クラスの視線はいつも彼女に集まる。
……正直に言うと。
この二人が並んでいると、どう考えても俺の居場所はないように見える。
大和は波瑠の幼馴染で、昔から一緒。しかも、誰がどう見てもお似合いだ。
(はいはい、青春してますね……)
そんなことを内心で呟いた、そのときだった。
「それじゃ、行きましょうか、悠真」
「……ああ」
波瑠にそう言われ、俺は歩き出す。
……いや、ちょっと待て。
なんで、そんなに自然に俺の隣に来るんだ?
俺と大和の間じゃなくて、その反対側の俺だけの隣に。
俺はただの普通の高校生だ。
目立たないし、特別な才能があるわけでもない。
それなのに――
「どうしたの?」
じっと波瑠の顔を見てしまったせいか、不思議そうに首をかしげられる。
「……いや、なんでもない」
慌てて視線を逸らし、少しだけ歩く速度を上げる。
綾瀬波瑠。
クラスの誰もが知る美少女で、笑顔が絶えなくて、誰にでも優しい女の子。
神谷大和は、その隣にいるのが、いちばん自然で似合うはずの幼馴染。
なのに、波瑠は――
「悠真! 置いていかないでよ。ほら、一緒に行こう?」
そう言って、波瑠はためらいもなく俺の手を取った。
柔らかな指先が絡み、引かれるままに、俺は一歩踏み出す。
(……お前、どうしたんだよ最近)
思わず口に出しかけて、飲み込んだ。
視界の端に、なんとも言えない表情を浮かべる大和の姿が映ったからだ。
波瑠が俺の手を引く。
ただそれだけの、何気ない仕草。けれど、その瞬間、三人の間に流れていた空気が、わずかに張りつめたのをはっきりと感じた。
胸の奥が、ドクンと跳ねる。
驚きなのか、戸惑いなのか、それとも別の何かなのか、自分でもよくわからない。
別に、誰かを困らせたいわけでもない。
波瑠の望まないことをするつもりもないし、親友である大和をわざわざ傷つけたいとも思っていない。
――それなのに。
波瑠が俺の隣に立ち、当たり前のように手を取るたび、
大和の視線が一瞬だけこちらをかすめるたび、
この三人で並んでいるはずの関係に、ほんのわずかな「ずれ」が生まれている気がしてしまう。
それは、はっきりとした言葉になるほど大きなものじゃない。
誰かが怒るわけでも、傷つくわけでもない。
けれど、見ないふりをするには、妙に胸に引っかかる。
――ただ気にしすぎなだけなのかもしれない。
俺が勝手に、意味のないものに意味を見出しているだけなのかもしれない。
「……ふふ」
俺の顔を見て、なぜか波瑠が機嫌よさそうに微笑んだ。
思えば、これもひとつの疑問だ。
どうして、波瑠はこの頃、こんなにも俺との距離が近いのか。
中学から仲は良かった。けれど、今の近さは、それだけでは説明がつかない。
理由があるのだとしたら――いつか、知ることになるのだろうか。
そんなことを考えながら、俺たちは学校へ向かって歩き出した。
「悠真、なんか考え事してるみたいだし、先に行こうぜ、波瑠。今日は入業式だし、波瑠の妹のクラス発表もあるんだろ?」
「え、もうそんな時間? もう昇降口混みそうなのに……」
「どこのクラスなのか、誰と一緒になるか気にならないのか?」
「そりゃ、気にはなるけど……」
少しだけ言葉を濁した波瑠に構わず、大和は半ば強引に波瑠の手を引いて走り出す。
「あ、ちょっと、大和待ってってば」
歩くペースが少し遅かったのだろう。波瑠との手が解けた俺は、取り残され、二人の後ろ姿を見ながら、青春だな、なんて呑気なことを考えていた。
——チッ
「……聞き間違え、だよな?」
大和が波瑠の手を握って走り出した、その一瞬。
波瑠が、舌打ちをしたように聞こえた気がした。
……いや、気のせいだろう。
クラスのアイドルみたいな存在で、見た目も性格も“女神”なんて言われる波瑠が、そんなことをするはずがない。
「おっと、俺もさっさと行くか」
鞄を肩に掛け直し、二人を追うために走り出した。
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