5.後悔

 サムソンはベテランの冒険者であった。また酒癖も女癖も悪い、ある意味で典型的な冒険者でもあった。彼は飲み過ぎて歩けなくなり、酒場の二階にある宿部屋を借りて、部屋のベッドに横たわっていた。


 彼は良い気分だった。それは酒のせいではなく、二ヶ月前に犯した女のことを思い出しているから──


 パメラ。腕は立つが潔癖な上に生意気で、男の口説きにはまったく応じず、そもそもサムソンのような男に対しては軽蔑を隠しもしない──そんな女だった。また男性中心のパーティに女性が混じることの危険性を訴え、女性のみのパーティを組む活動などもしていた。


 しかし彼女とてすべての男を毛嫌いしているわけではなかった。たとえば一流の神聖魔術師ディヴァインライトとして名高く、パーティのリーダーを務めることも多いクロードという男に対しては、敬意を示し、信頼を置いているように見えた。


 彼女が珍しく女一人で男性中心のパーティに参加したのも、クロードの勧誘があってこそである。まさかそのクロードが、彼女の最も嫌悪しているたぐいの人間であることも知らずに──


「へへっ、たまんなかったなぁ。あんな良い女の一番を貰えるなんて、一生に一度の経験だぜ……」


 そう言った彼の体に、ぞっとするほど冷たい空気が触れる。





 最初、窓が開いているのかと思った。


 しかしそれにしてはおかしいと気付く。秋の夜とはいえ、部屋の中がここまで冷えることはない。


 体を起こして、冷気の原因を確かめようとする。しかし室内は暗く何も見えない。


 いや──


 誰かいる?


 気配を感じて、彼は目を凝らしてを見ようとした。


 女の声がしたのはその時。


「サムソン。あたしの処女を奪ったのはあなただったわね。だから最初に来てあげたわ」


「な……!?」


 思わず仰け反る。声がしたことに……というより、その声が今の今まで反芻はんすうしていた声であることに驚いていた。


「パメラか!?」


「ええ、手短に用件を伝えるわね。殺しに来たわ」


 酔いが一気に覚める。それと同時に冒険者としての本能が、彼の体を突き動かす。


 武器はない。サムソンは魔法を使えないため、戦うのは不利。ドアから逃げるには距離がある。大声を出しても助けが来る前に殺される。


 窓だ──庭には池があって、そこに飛び込めば水音で誰かに気付いてもらえる。距離も取れるし、時間を稼ぐこともできる。


 サムソンはすぐ近くにある窓枠に手を伸ばした。彼の判断は悪くなかったが……しかし相手が悪すぎた。彼の手が窓に届くより早く、彼の腹部にはパメラの腕が突き刺さっていた。


「犯すってこんな感じ?」


 闇の中から伸びる手。それがサムソンの脇腹に突き刺さって──即座に引っこ抜かれて──また突き刺さって。ズブズブと何度もその動きが繰り返された。尋常ではない痛みに、サムソンは抵抗する気力を失う。


「これは何?」


 彼女の手が内臓を掴む。何を掴まれているのか、サムソンにも分からない。痛みと恐怖……彼にはもう冷静な思考などできるはずもなかった。


 パメラが正体を見せ、彼はそれを見てしまっていた。暗闇の中にって、彼女の存在もまた闇である。彼が視認できたのは、憎悪と狂気に満ちた赤い目だけ。


「なあ、あんたは何なんだ……普通じゃねえ。魔物でもねえ……未知の怪物だ」



 彼女は言いながら、内臓を一つ潰した。サムソンは死に相当するほどの痛みを感じながら、それでも意識を失えずにいた。


「次はこれ? 心臓だけは本当に死んでしまうから、潰さないように気をつけないと」


「パメラよ、俺が悪かった。反省している。だから頼む……せめてすぐに死なせてくれ」


「嫌よ」


 彼女はぐしゃりと二つ目の内臓を潰した。サムソンはそれでも死ぬことができず、ただ苦痛だけを脳に焼き付けられた。


「次はこっちにしましょう。これがあるせいで、あたしたちは苦しめられている」


「…………」


 闇の手が睾丸を掴むが、彼には懇願する気力もなかった。ブチブチと……それが葡萄ぶどうのように潰されても、ただ電撃を受けたように痙攣することしかできなかった。


「痛い? 苦しい? 怖い? 悔しい? あたしもそうだったわ。あたしも──」


 一つずつ内臓を潰される。あるいは引き千切ちぎられて、腹から引きり出される。彼はもう幾度となく死を経験し、それでも死ぬことを許されなかった。


 そして唐突に──


「残念、そろそろ時間切れ」


 パメラの手がサムソンの心臓を握り潰した。


「あたしはね、いつか自分からプロポーズするつもりだったの……あなたたちが嫌っているラディにね。彼と一緒に幸せになることを夢見て、でもあと一歩が踏み出せなくて。あなたたちはそんな少女みたいな想いを蹂躙したの。ねえ、楽しかった?」


 そして赤い目から流れる涙を見て、彼は後悔した。何故、自分は守る側ではなく壊す側に回ってしまったのか──


 絶望と後悔に塗り潰された思考の中で、彼はようやく死に絶えた。

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