第4話 軽すぎる言葉
施設長の村山は、最初から最後まで関わらない。
この数年間、そのスタンスは変わらない。
しかし、本当に困っている時に手を差し伸べ、良い人ぶる。
だが、差し伸べる手というのは、デザイナーのけい子へ依頼するという事だけ。
けい子が動画を作ったりして、演者、演目の底上げをするのだ。
「けい子さんに頼んで正解だったでしょ?」と言って歩き、
助けたのは自分だというアピールをする。
状況を聞きもしない、練習を覗きもしない。
三人がどんな顔で、どんな覚悟で準備しているのか、知ろうともしない。
それなのに、噂話だけは耳に入れて、
その断片だけで、好き勝手にしゃべって歩く。
「英語の曲なんでしょ?」
「社長の好み、わかってない」
「まあ……寒くならなきゃいいけど」
どれも、冗談めいた言い方だった。
笑いながら、肩をすくめながら。
だからこそ、質が悪い。
本気で否定するわけでもない。
本気で応援するわけでもない。
ただ、安全な場所から、小さな石を投げる。
当たっても「冗談じゃん」で済む位置から。
やす子は、その言葉を聞くたびに胸が苦しくなった。
まるで、自分の選択そのものを笑われている気がした。
——出るな。
——目立つな。
——失敗しろ。
そんな声が、行間から聞こえてくる。
「気にしなくていい、やらない人の戯言は聞かない」
けい子はそう言った。
大丈夫、ああいう人だから、と。
でも、やす子にはできなかった。
気にしないふりをするのは、
今まで散々やってきた。
それで、自分を守ってきた。
でも今回は、違った。
——どうして、やらない人ほど偉そうなんだろう。
——どうして、何もしない人が結果だけ語るんだろう。
問いは、怒りに変わり、
怒りは、逃げ場を失って胸に溜まった。
よし子は、何も言わなかった。
誰かを悪く言うことも、
愚痴をこぼすこともなかった。
ただ、黙々と歌の練習を続けていた。
高音が出ず、何度も咳き込みながら。
それでも、音程を探し、
声の出し方を変え、
少しずつ、少しずつ前に進んでいた。
その背中が、やす子には痛々しく見えた。
——どうして、この人が傷つかなきゃいけないんだ。
ある日、決定的な言葉が届いた。
「始まったら煙草吸いに行くわ」
「見てられないでしょ」
施設長が言ってたと、誰かが苦い顔で伝えてきた。
その瞬間、
三人の間に、重たい沈黙が落ちた。
空気が、冷えた。
やす子の拳が、ぎゅっと握られる。
爪が、掌に食い込む。
「……腹立つ」
思わず漏れたその一言を、
誰も止めなかった。
否定もしなかった。
笑いにも変えなかった。
その怒りは、正しかった。
ここから先は、
誰かに認められるためじゃない。
笑われないためでもない。
——黙らせるためだ。
三人の中で、
はっきりと同じ感情が芽生えた瞬間だった。
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