第3話『真相は、如何に』

第3話『真相は、如何に』


 玄関のドアが閉まる音がして、母が靴を脱ぐ気配がした。

 その一瞬で、リビングの空気が変わった。

 私は立ち上がった。

 反射に近かった。

「お母さん」

 自分でも驚くくらい、真剣な声が出た。

「え?……なに?」

 母――長嶋さなえは、買い物袋を提げたまま、きょとんと私を見る。

「ちょっと、話があるの」

 私は一歩、距離を詰めた。

「どうしたの、急に。それに、なんでみんな集まってるの?」

 母は首を傾げる。

 本気で心当たりがない顔だ。

「今日の朝」

 私は、言葉を選ばずに続けた。

「冷蔵庫の前に立ってたでしょ」

「料理してるんだから、そりゃ立ってるでしょ」

 母はあっさり言う。

「その時、シュークリームの容器、触ってたでしょ?」

 私は逃がさない。

 父とひよりの視線が、母に集中する。

 しらたままで、なぜか母をじっと見ている。

「……あぁ」

 母は少し考えてから、手を打った。

「あれね」

 来た。

 私は確信した。

「やっぱり!」

「いつまでも冷蔵庫にあっても邪魔なのよ」

 母は、何でもないことのように言った。

 ――邪魔。

 私のシュークリームに対するその一言が、胸に突き刺さった。

「だって賞味期限、昨日までだったでしょ」

 母は買い物袋をテーブルに置きながら続ける。

「みのりが今日の朝、食べるって言ったのに残ってたし」

「どうせ夜中までゲームしてて、朝バタバタするだろうなって思って」

 胸が、ちくっとした。

「……それは」

 否定できない。

「じゃあ……」

 私は唾を飲み込む。

「もったいないから、食べたってこと?」

 リビングが静まり返った。

 私は覚悟を決めていた。

 これは、母が犯人だったという話なのだ、と。

「えっ? 私、食べてないわよ」

 母は即答した。

「……え?」

 予想外すぎて、声が裏返る。

「食べてない? じゃあ、シュークリームはどこにあるの?」

「だから、もったいないでしょ」

 母は当然のように言った。

「ラップに包んで、冷凍庫に入れたの」

 一瞬、理解が追いつかなかった。

「……冷凍庫?」

「そう」

 母はうなずく。

「まだ食べられるし。捨てるのは忍びないじゃない」

 沈黙。

「ちょ、ちょっと待て」

 父が横から口を挟む。

 眉をひそめ、私と母を交互に見た。

「じゃあ俺たち、さっきまで必死に犯人探ししてたのって……」

「あなた達が勝手に話をややこしくしただけでしょ」

 母は即座に切り捨てた。

「なんだよそれ……」

 父はソファに沈み込み、肩を落とす。

 その頃、ひよりはすでに事件への興味を失っていた。

 ラグの上で、しらたまを抱き上げる。

「しらたま、あっち行こ」

「にゃあ」

 二人(?)は、事件とは無関係の世界へ移動し、

 しらたまのしっぽにじゃれつきながら転がり始めた。

「そういえば」

 ひよりが、ふと思い出したように言う。

「今日お昼にアイス食べようとした時、冷凍庫に茶色いの見えた気がする」

 私の頭の中で、点と点がつながっていく。

 ――冷蔵庫にない。

 ――母が容器を触っていた。

 ――冷凍庫。

 ――ラップ。

「……」

 私は、ゆっくり冷凍庫に向かった。

 引き出しを開ける。

 霜の向こう、奥のほう。

 見覚えのある、丸い影。

 ラップに包まれた、シュークリーム。

「……あった」

 思わず、力が抜けた。

「でしょ?」

 母は、少し得意そうに言う。

「自然解凍してから食べてもいいし、半解凍でも美味しいのよ」

「俺に言ってくれればよかったのに……」

 父がぼやく。

「そう? だって聞かれなかったし」

 母は平然としている。

 私はシュークリームを手に取った。

 ひんやりして、少し硬い。

「まぁ……」

 父が苦笑する。

「誰も犯人じゃなくてよかったけど、とんだ大事件だったな」

「お姉ちゃん、疑ってごめんね」

 ひよりが、しらたまを抱えたまま言った。

 しらたまは、何事もなかったかのように伸びをする。

「……私も」

 私は小さく息を吐いた。

「疑って、ごめん」

 誰に向けたともつかない謝罪だった。

 私はシュークリームを皿に乗せ、少し待つ。

 表面が柔らかくなったところで、一口かじった。

 ――冷たい。

 でも。

「……美味しい」

 クリームが、いつもよりさっぱりしている気がした。

「でしょ」

 母は満足そうにうなずく。

 こうして。

 長嶋家・シュークリーム消失事件は、

 拍子抜けするほど平和に解決した。

 犯人は――

 誰でもなく。

 ただの、もったいない精神だった。

 私は、残りのシュークリームを見つめながら思う。

 でも、次からは、ちゃんと

「冷凍しておきます」ってメモくらいは欲しい。

 それだけは、強く。

 ――完。

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長嶋家・シュークリーム消失事件 なかごころひつき @nakagokoro

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