08

 十数秒後。

 二人の声が聞こえなくなった頃、拳銃トラップが停止し、土煙が晴れていく。


 見えてきたものは――肉塊。

 折り重なるようにして息絶える、立川と幽切の、穴だらけの残骸だった。


 脳漿は飛び散り、内臓はちぎれ、四肢は焦げ落ちている。立川の頭部はもはや原型がなく、頭蓋骨の八割がごっそり砕かれていた。

 幽切の頭は上半分が削られ、両眼がデロンと外に飛び出している。その口元は、ひどく嬉しそうに嗤っていた。


 不意にビチャビチャ、となにかがこぼれる音。振り返ると、今槻が嘔吐していた。ユウイチとスズも、口元を押さえて我慢している。

 ただ、ここで我慢し続けているわけにもいかない。


「ど、どうしようか?」

 

 吐き気を必死に堪えつつ、ユウイチが切り出した。


「黄色の扉はもう解除されてるから、進もうと思えば行けるけど」

「い、一応、またトラップが発動しても怖いし、ボタンだけでも押していかない?」


 スズに寄りかかりながら今槻が指差したのは、『元』立川と『元』幽切が転がる付近。

 うえ、と露骨に顔を歪め、女性陣を見やるユウイチ。が、話を切り出した以上、誰がボタンを押しに行くのかは決まっている。

 嫌々といった風にユウイチが惨状地点に近付いていき、残骸を見ないよう顔をそらしつつ、ボタンを変更。拳銃トラップを完全停止させた。


「あ、あと」

 

 スズが思い出したように、恐る恐るユウイチに呼びかけた。


「数式が書かれた布と、ヒントを記した布も持っていったほうが……」

「えぇー? それも俺がやるの? ヒントの布は、まあ離れた場所に落ちてるからいいけど、数式のほうは立川さんの右手首でしょ? やだよ俺、さすがに触りたくない」

「……じゃあ、自分でやります」


 すこし苛立った声で答え、スタスタと立川の死骸に歩み寄るスズ。

 野次馬よろしくユウイチが見守る中、スズは物怖じせず、簡単に数式の布を手に入れた。

 鳴皆スズ、人見知りの裏には、かなりの度胸を備えているようだ。


「おお、すごいね、鳴皆さん。それじゃあ、こっちのヒントの布も渡しておくよ。他人の血が付いたものなんて気持ち悪いし。なくさないようにしてね」

「……はい、わかりました」

 

 不満げな顔で応え、立川が遺した数式の布切れを、右手首に巻きつけるスズ。その隙間に、幽切のヒントの布を滑り込ませ、挟んでおく。


「さてと。じゃあみんな、先に進もうか」


 立川と幽切のことはなかったかのように、いや、なんだったらすこし嬉しそうに振る舞い、リーダー気取りで歩き出すユウイチ。

 スズは言わずもがな、今槻も不安そうな表情をしていた。当然だ。この状況下で、ユウイチほどリーダーとして不適切な人間はいない。


 だが、それこそ先述のカースト制度理論、腕っぷしのある男性という理由だけで、ユウイチはメンバーの中で上位に繰り上がってしまっていた。論理詰めで攻めても、感情論で流す。力で対抗しようにも、女性二人では太刀打ちできない。


 このままでは、一種の独裁政治が誕生してしまう。


「あ、あたしたちも行こうか。スズちゃん」

「そうですね、今槻さん」


 先のボタン捜索時の会話のおかげで、仲良くなったのか。ユウイチへの不安を無言で共有し合い、立川と幽切の亡骸に向かって合掌すると、今槻と共に歩を進めるスズ。


 亡くなった二人を悼む気持ちはある。

 けれど、不思議と悲しいという気持ちにはならなかった。

 ユウイチのように情がないからではない、実感が湧いていないからでもない。

 物語の主人公のように率先して指揮を執り、推測を繰り広げる二人は、どこか別世界の人間のようで……本来、同じものであるはずの死が、まったく別のものに感じられるのだ。


 御伽噺のキャラクターが死んだ。

 そういった、ひどく乖離した感覚。現実味の剥離感。


 それこそがつまり、実感が湧いていないということなのかもしれないけれど、それとはまたちょっと違う、なんとも筆舌に尽くしがたい感覚だった。


「ねえ、どう思う?」


 と。ユウイチと今槻が黄色の扉を抜けた辺りで、スズが空気に向かって話しかけた。

 気を違えた、というわけではなさそうだが、すこしだけ心配になる。

 あまりにもひどい惨劇を目にした者は、自身の精神を保つために、架空の人物を作り上げると聞く。もしかしたらこれも、そうした逃避のひとつなのかもしれなかった。


 あるいは……もっと単純に。

 鳴皆スズが相当な物好き、ということなのか。


「立川さんたちが言ってたこと……あの二人はもう、死んでたってことなのかな?」


〝――爺さんを殺し、爺さんに殺された――〟


 立川はひどく激昂し、幽切も興奮していた。

 理性が保たれていない状態である以上、彼らの言葉を鵜呑みにはできないが、しかし、あの状況下で嘘をつくとも思えない。

 なにより、思い出せる最後の記憶の日時が二ヶ月ズレている、という奇妙な差異が、二人のやり取りに真実味を持たせ、空恐ろしい推測を巡らせた。


 あの二人が死んでいたというのなら、自分たちはどうなのだろうか?

 こうして生きている自分たちも、もしかしたら――


「まあ、仮にそうだったとして……私たちもそうだったとしても、私は悲しまないよ。だってもう、それ以上の幸せが目の前にあるんだから」


 言って、じっと一点を見つめた後、スズは可愛らしく、はにかんだ。

 余程、空気がお気に入りらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る