07

 たしかな結束力を持ったチーム。

 そう感じていたからこそ立川の指示に従い、幽切の推測に耳を傾けてきたのだが、その主軸となる二人の様子がどうにもおかしい。

 必然。残ったメンバーの中では、反旗を翻すとまではいかずとも、本当にこのままでいいのか、といった疑念が芽生え始めていた。


「大丈夫かしら? あの二人」


 赤ボタンを探している最中。今槻が小声でユウイチとスズに話しかけてきた。

 立川と幽切は各々孤立するかのように、すこし離れた場所でボタン捜索に励んでいる。


「なんか、どんどん仲が悪くなってきてない? あんな状態で、このあとも協力していけるのかしら……ねえ、三浜くんはどう思う?」

「あ。ややこしいので、ユウイチでいいですよ。サトミさん」


 ちゃっかり今槻をファーストネームで呼び、ユウイチは「そうですねえ」と思案する。

 下の名前で呼ばれることに抵抗がないタイプなのか。唐突な距離感短縮も気に留めず、今槻はユウイチの話に耳をそばだてた。


「まあ、なんとかなるんじゃないですかね?」

 

 そばだてて、肩透かしを喰らった。


「えっと……あたしが言えたことじゃないんだけど、それはさすがにお気楽すぎなんじゃないかな? ユウイチくん」

「大丈夫ですって。いざとなれば俺が指揮を執りますから。こう見えて俺、人をまとめるのは得意なんですよ」


「……いや、そういう話じゃなくてね?」

「それに俺、なんか生き残れる気がするんですよね。だって、三月下旬だってのに、トンネルの中はこんな過ごしやすい気温じゃないですか。こうして気遣ってくれてる以上、きっと犯人も、俺たちを本気で殺す気はないんですよ」

「…………」


 根拠のない自信に、不可解な論理展開と、若者の悪い部分のオンパレードを見せ付けられた今槻は、思わず深いため息を吐く。

 

 ユウイチが高校でツルんでいた仲間たちは、論理的な話を嫌い、感情論で押し通す者ばかりだった。それゆえ、ユウイチにもその悪癖が伝染ってしまっているのだ。

 

 少女もきっと呆れていることだろう、と何気なく見やってみると、スズはなにやら難しい顔をしていた。そんな表情のまま、スズは自信なさげに口を開く。


「三浜さん……いま、なんて言いました?」

「下の名前でいいんだけど……まあ、強要してもあれか。それで、なにが? 鳴皆さん」

「『三月下旬』って、そう言いませんでしたか?」


「ああ、うん、言ったよ? 思い出せる最後の記憶の時期が、ちょうどその辺りなんだよね。まあ、ほとんど覚えてない状況だから確証はないけど、くだらない用事で出かけようとしてたのがたしか春休みだったから、たぶんそうじゃないかなと」

「そういえば、あたしの最後の記憶もそこら辺の時期だわ」

 

 今槻がふと思い出したように言うと「ちなみに、私も同じ時期です」スズも同調するように言った。


「でも、それがどうしたの? 鳴皆さん」

 

 区切って、スズは続ける。


「幽切さんはさっき『2045年になってまだ一ヶ月も経ってない』と、そう仰ってました。立川さんは、『2045年になって半月も経たぬ頃』と……幽切さんと立川さんの最後の記憶が、私たちと二ヶ月以上ズレてるんです」


「あー、たしかにそんなこと言ってたね。俺もあのとき、ちょっとズレてるなあ、とは思ったけど……えっと、それが?」

「おかしいと思いませんか? 私たちはほぼ『同時に』目覚めたんですよ? ということは、幽切さんと立川さんは、二ヶ月以上眠っていたことになる」


 看過できぬ事実発覚に、さすがのユウイチも言葉をなくす。


 二ヶ月。

 人間がそれほどの長期間眠るとはまず考えにくい。世の中にはそうした病気もあるにはあるが、あれだけ活発に動けている幽切と立川が、そんな持病を持っているとも思えない。


 となれば、残る可能性は麻酔による意図的な昏睡だが、そんな処置を施されていたら起床時にはそれこそ看過できない倦怠感、疲労感が伴うはずだ。排泄物は垂れ流しになるだろうし、身体も痩せ細ることだろう。


 昏睡中は、別の場所で看病されていた?

 いや、その推測は犯人の意図を矛盾させる。親身に世話した人間を、死のトラップにかける……やりたいことがサッパリだ。


「あの二人になにがあったのかはわかりませんけど……もしかしたら、喧嘩なんてしてる場合じゃないのかもしれません。私はいま、現在が三月下旬であることを前提に話しましたけど、あの二人と同じように長期間眠らされていて、数ヵ月後になっているのかもしれない。第一、私がこうして動けている時点で――」

「それってさ」


 と。

 なぜか怒気を滲ませた声で、ユウイチは問うた。


「いま話すべきことなのかな? 鳴皆さん、なんか無駄に不安を煽ってない?」


「そんな、煽るだなんて」ユウイチの突拍子もない論理展開に、スズは慌てて首を振る。「私はただ、さすがにおかしいかなと思って」


「それでも、いまはとにかくトラップ解除に専念するべきだよ。いまがいつなのか、どれだけの間眠ってたのかなんて、この際関係ないじゃん。こんな場所にいる時点で、疑問はいっぱいあるんだからさ。あんまりみんなを不安にさせるようなこと言うのは、どうかと思うな」


「……そ、そうですね。すみません、でした」

「うんうん、ちょっと失敗しちゃったね。でも、わかってくれればいいよ。じゃあ続きに戻ろう」


 呆気らかんと言い、ユウイチはボタン捜索を再開する。

 なにも間違ったことは言っていないのに、なぜか悪者にされてしまったスズ。

 しょんぼり、と涙目になってしまう少女を見かねて、今槻がスズの頭をやさしく撫でた。


 目先の問題を無視し、刹那の安心に浸る。

 どこまでも三浜ユウイチ然とした、愚かしい性質である。


 その数分後には、今槻のお尻……小便で濡れて検査着に張り付いた秘部を目にして、またも股間を膨らませていたというのだから、本当、まったく以て救いようがない。



    ◇



 先述の通り、物理的に円周が拡大されたことにより、第二フロアのトラップ解除は二時間を越える長丁場となった。

 が。困難というほどではなかった。赤ボタンは比較的、砂利の浅い部分に設置されており、見つけるのが容易だったのだ。

 無論、大声を出してはならないという精神的疲労はあったが、それも最後のボタンを押した瞬間……黄色の扉が開錠された音を聞き、すべて吹き飛んだ。


 なにより、新たなヒントを得られたことがデカイ。

 そのヒントが記されたプレートは、二つ。

 数百個ある赤ボタンと同じように、砂利の中に埋没されていた。


「今度は、『②=B』と『③=A』か……」


 つぶやき、立川よろしく検査着の左腕部をちぎって、額に残った血液でヒントを記す幽切。

 第一フロアが『①=D』。この第二フロアが、『②=B』に『③=A』。

 数式の空欄は⑥までだから、多くてもあと三フロアで、すべてのヒントが集まる。


「ここいらで、数式にヒントを当てはめてみてもいーかもな。そーすることで、空欄になにが入るのか予測できるかもしれねーし。なあ、爺さん。数式を書いた布を――」


 言って、後ろを振り向いた瞬間。

 鈍い打撃音と共に、幽切の肢体が宙を舞った。


 今槻の短い悲鳴が響く中。声にならない呻き声を漏らし、砂利上を転がる幽切。

 この暴挙に出た張本人――立川が、追い討ちをかけるようにして痩躯に馬乗りする。


「さあ、『込み入った話』の時間じゃ!」


 猛り、またも一発。重々しい右ストレートが、幽切の左頬を歪めた。


「ちょ、急にどうしたんですかっ!?」

 

 珍しくユウイチが制止の言葉をかけるも、


「デクの坊は黙っとれ!」

 

 鬼の形相をした立川には届かない。

 体格的に、立川を止められる人間はユウイチしかいないが、激昂した今の状態では、それもむずかしいだろう。

 怒りを抑えきれないのか。声をわなわなと震わせ、立川は問う。


「訊きたいことが山ほどある。山ほどあるが……まずは、儂を助けたことについてじゃ。なぜ儂を助けた? 儂は、連続殺人犯であるお主を殺した。先ほどのトラップと同じ拳銃で、お主の脳天をぶち抜いた。そして、その揉み合いの際に儂はお主のナイフで腹を刺され、死んだ。どちらにも、どちらを助ける道理がない。なのに、どうして儂を助けた!」


 空気が凍りつく。

 幽切が連続殺人犯? いやそれより、立川が幽切を殺し、幽切が立川を殺した?


 ユウイチたちの思考が追いつかない。否、本能が理解しようとしていない。

 だって、二人はこうして、生きているのだから。


「オレが『元』殺人鬼だからさ」

 

 顎全体を覆う大量の鼻血を垂れ流しながら、幽切はなおも笑う。

 ヒヒヒッ、と、空虚に嗤う。


「たしかに、オレは連続殺人犯だ。未成年のガキ共を殺して回る、正常な殺人鬼だった。その記憶は、ココで起きたときからずっとあった。すべて思い出したってのは、爺さんを殺し、爺さんに殺された部分のことだけだ」

「だったら、なぜ儂を……それに、なぜ皆に協力など!」


「だから、オレは『元』殺人鬼なんだよ――爺さんに殺されるときにはもう『みそぎ』も済んで、オレは単なる一般人に戻ってた。あの廃屋にいたのも、静かに暮らしたかったからだ。一般人としての倫理観はまだ取り戻せちゃいねーが、それでも人と生きる術は学び始めてた。死んでいよーがいまいが、オレの魂はもう一般人なんだよ……だからオレは、殺人犯と疑われても、頑なに否定し続けたのさ。オレ自身が認めちまったら、折角清めた魂が汚れちまう」


 聞いているだけのメンバーには、やはり事情がよく掴めない。

 だが、穏やかに語る幽切の顔は、連続殺人犯とは思えぬほど、ひどく清々しいソレだった。


「そんな、清く正しいオレが、爺さんを見捨てる? 仲間に協力しない? ありえねーだろ。そんなの、一般人がすることじゃねー」

「っ……どの口が!」


 ゴン、と立川の痛烈な一撃が、幽切の右頬に埋まる。

 殴打も途中に立川は頭を抱え、髪を振り乱し、地鳴りのように低い唸り声をあげた。

 これ以上、幽切の話を聞いていたら頭が狂う、それはそう言いたげな苦悶。


「ならば」


 ひどく呼吸を荒くしながら、立川は訊ねた。


「どうして儂の孫を……サヤカを殺したっ!! 一般人に戻ったじゃと? 儂があの廃屋に駆けつけたとき、お主はサヤカの腹を切り裂き、内臓に頭を突っ込んでおる最中じゃったろう! 一般人が聞いて呆れるわ!」


 想像するのもおぞましい過去を聞き、幽切はピクリと笑いを止めた。


「サヤカ? もしかしてそれは、佐柳さやなぎサヤカのことか?」

「そうじゃ! 儂の部下の元へ嫁ぎ、幸せに暮らしていた娘の子供の名じゃ! ああ、可愛い可愛い孫娘……そのサヤカが、年末に行方不明になったと聞き、儂は必死で捜索した。勤務外だろうと関係なくな。そしてある日、東北で見かけたとの情報を得て、儂はあの廃屋にたどり着いたんじゃ……なのに、なのに!」

「ヒッ、ヒヒヒヒヒッ!!!!!」

 

 途端、悪辣に口角を吊り上げ、幽切は甲高く哄笑した。


「なるほどなるほど! そーいうことだったのか!」

「なにがおかしい!」

「佐柳サヤカ……そうか、あのガキは爺さんの孫娘だったのか! 偶然もここまでくると運命だ! なら、なおさらオレには、爺さんを恨む理由がねーぜ!」

「ど、どういう意味じゃ?」

「アンタの孫娘が、オレを変えてくれたんだ!!!」


 区切って。幽切はその細い上体を起き上がらせると、立川の顔を血走った目で見据え、興奮気味に告げた。


「あのガキこそが、オレを一般人に変える『禊』の生け贄だったのさ! 未成年の、成熟してねーガキの血を一週間すすり、内臓を咀嚼し、最後に骨を噛み砕くことで人間はすべての罪から逃れることができる! アンタの孫が、オレの罪を洗い流してくれたんだ!」

「あ、あアア、あアアあアあぁ……あああああああああああっっっっっ!!!!!」

「ありがとう! 本当にありがとうな、爺さん!」

 

 発狂しそうな立川の両肩を掴み、幽切は言う。

 言ってしまった。


!!!!!」

 

 純粋な猛悪の賛辞が、トンネル内に響き渡る。

 立川は一度、糸が切れた操り人形よろしく脱力し、虚ろな顔で近くの砂利を見やると、ふらふらと手を伸ばし、ある一点をぐっと押し込んだ。


 そこには、親指大のボタンがひとつ。

 変更されたボタンの色が、緑から赤へと戻る。

 終焉の、トリガーとなる。


「幽切いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃーーーーっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」


 憎悪と慟哭。合い入り混じった感情の発露に応えるかのごとく、拳銃トラップが発動。

 立川と幽切の肉体に、幾千もの弾丸が撃ち込まれた。噴血が大気を彩り、肉片が空を舞う。


「ヒヒッ!!! ありがとう、本当にありがとう!!!!!! 最高に幸せだ!!!!!」

 

 耳を劈く銃撃音の中、幽切の喝采が響き、


「サヤカ、サヤカあああああああああああああぁぁぁーーっっっっっっ!!!!!!」

 

 立川の悲痛な叫びが轟く。


 狂気。

 その光景は、その一言に尽きるものだった。

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