第二章 バングフェイト

05

 三浜ユウイチは優れている。


 学力こそ凡人のソレだが、運動神経やコミュニケーション能力は抜群に高く、トークスキルも人並み外れたものを持ち合わせていた。顔立ちも整っているから、女性受けもいい。もはや人生、鬼に金棒といった様相。


 両親からも寵愛、ないし溺愛されていた。

 母親は、ユウイチは自慢の息子だと近所に触れ回り、父親は、会社の同僚を自宅に招いて、これが俺の最高の息子だと、鼻高々に語った。


 自然、クラスのカースト制度でも、ユウイチは常にトップの座に君臨していた。

 悪を罰し、正しきを守る。クラスの人気者であり、お調子者であり、正義の味方でもある。小中の九年間、そんなポジションをずっと維持してきた。

 ユウイチ自身、そうした自分を誇りに思っているようだった。驕り高ぶり、俺は大勢の人のトップに立つと、そんな大口を叩いたこともある。


 しかし――高校入学を境に『堕ちた』。


 高校からは、カースト制度の内訳が変わる。足の速い男子がモテる、などといった、単純な計算式では成り立たない。コミュニケーション能力が高かろうと、トークスキルがあろうと、生意気な人間は即脱落。クラスカーストの最下位に叩き落される。


 だからユウイチは、媚びへつらうことを覚えた。

 高校入学初期で大事なのは、とにかく不良と知り合いになること。彼ら不良は、腕っぷしの強さだけで、自動的にカースト制度の上位に食い込む。ユウイチはそこに目を付けた。


 ただし、暴力的な人間はダメだ。ただ暴れるだけの粗暴者は、男女問わず疎まれる。普段は温厚だが、いざ喧嘩となれば心強い……そんな人間を選び、仲間にし、自然と自身のカースト順位を繰り上げさせる。その集団の中で、得意のトークスキルを発揮すれば、あとはとんとん拍子でトップに返り咲く。


 果たして。高校入学から数ヶ月足らずで、ユウイチはクラスのトップとなっていた。

 だが、高校生活がその数ヶ月で終わるわけではない。ユウイチは陰で悪口を言いながらも、不良たちとの付き合いを続けていった。

 悪を守り、正しきは見捨てる……そんな、単なる一般人へと成り下がっていった。


 けれどまあ、それが悪いことだとは言わない。集団に迎合することは、社会では当たり前の処世術。ユウイチは一足早く、大人への階段を昇っただけなのだ。


 だから――そう。

 三浜ユウイチは、優れていた。



    ◇



 場面は過去話から移り、悪夢のような現実へ。


 第一フロア、黒電車の脅威を逃れた先。

 白い扉の奥には、人二人分ほどの幅の通路が伸びていた。

 コンクリートで統一された、息苦しい空間。十メートルほど前方には、赤く塗装された扉。『第一』フロア、というナンバリングから推察するに、あの扉の先にはまた新たなトラップが待ち構えているのだろう。


「ほ、本当に行くの?」

 

 今槻が震える声で訊ねると、幽切が苦笑混じりに答えた。


「当たり前だ、ここで死にてーのか?」

「でも、見る限りココは安全そうじゃない。だったら……」

「そいつはどーかな? 今槻の姉さん。天井を見てみろよ」


 言われ、天井を見上げると、等間隔に設置された円形の換気口。

 第一フロアの壁の足元、そこにあったのと同じタイプのものだ。半径は二十センチほどしかなく、さらには鉄の網目が張られているため、とても人間が通り抜けられそうにはない。


「……アレが、なによ?」

「ヒヒッ。おそらくだが、中に監視カメラが仕掛けられてる」


 今槻のみならず、全員が思わず身構え、換気口を睨み付ける。

 ただ一人。幽切セイタだけが、不敵な笑みを浮かべていた。


「さっきの第一フロアで、その意図はともかくとして、犯人の目的はハッキリした。犯人は、オレたちがこの『ゲーム』に生き残れるかどうかを試してんだ。なら、そのサマもしっかりと観察しとかなくちゃいけねーだろ? 責任者兼、現場監督として、ズルしよーとしてる人間を罰するためにも、な」

「ズルを罰する、って?」


「たとえば、この通路に閉じこもろうとしてる奴がいたら、換気口から毒ガスを噴出させる、とかだな。第一フロアに戻ろうとしたときも同様だ。そーすることで、オレたちの向かう先が次のフロアしかなくなる。このゲームが、膠着しなくなる」

「…………」


「ったく、呆れるほどいい趣味してるぜ、犯人さんはよー」

「――随分と、犯人の気持ちがわかるんじゃな。幽切さん」


 と。不意に会話に割り込んできたのは、立川ゲンゴロウ。

 その表情はひどく険しい。が、それは傷口が痛むから、というわけではなさそうだった。


「まるで、体験談を語っておるかのようじゃ」

「ヒヒッ。おいおい、ここにきてオレを疑うのか? 実はこの中に犯人がいましたーなんて、三流小説以下じゃねーか。てか、オレにはこんな施設を作る財力なんざ持ち合わせてねーよ。今槻の姉さんも言ってたろ? オレは、偉そうに推論を語る無職ってだけさ」


「違う。儂が言っとるのは、『殺人犯』としての気持ちが、という意味じゃよ」


 ピタリ、と幽切の顔が一瞬固まる。

 図星だと言わんばかりのその反応が、メンバーにわずかな緊張を走らせた。


「……急だな。オレが殺人犯だと、そう言いたいのかい? 爺さんは」

「ずっと気にかかっとったんじゃ。お主の思考は常軌を逸しとる。異常なこの状況では正しいんじゃろうが、普通の人間では巡らせぬ推測を、息を吐くように披露しおる。殺し合いやら毒ガスやら……そんな残酷な思考、一般人は持っとらん」


「理由になってねーな。それは、単にオレが奇異な思考を持つ人間だった、ってだけの話じゃねーか。残酷な思考を巡らせる人間なんざ五万といる。ともすれば、現代のガキ共のほうが、オレよりもよっぽど残酷なこと考えてるぜ?」


「口に出せてしまうことが問題なんじゃよ。死が間近にある状況下では、たとえ頭をよぎったとしても口に出すことは憚られる。口に出すことで、自分は残酷な状況にいるんじゃと再認識し、精神を追い込むことになるんじゃからな。子供たちのソレは所詮ゲームの話――じゃが、お主は違った。その事実は、疑うキッカケには充分じゃ」


「じゃあ仮に、だ」


 たとえ話であることを強調して、幽切は挑発的に言った。


「オレが殺人犯だったとして、爺さんはオレをどーしたいんだよ?」

「無論、一緒に行動することはできんから、儂たちから離れた場所に隔離させてもらう」

「ヒヒッ、毒ガスでオレを殺す、ってわけだ。今度はアンタが殺人犯だな」

「それは、所詮お主の推測ではないか。毒ガスが出ると決まったわけではない」


「だが、隔離するってことは、オレを殺人犯と断定したって意味だろ? ならそれはイコールで、犯人殺人犯の思考を読んだオレの推測が正しかった、ってことに繋がる。つまりは、毒ガスが出るってことを、アンタ自身が認めたことになるじゃねーか」


「そんなの、くだらん屁理屈じゃ!」

「理屈は理屈だ。感情論に逃げるなよ、爺さん」

「この、小馬鹿にするのも大概に……!」

「ちょ、ちょっと……二人とも、すこし落ち着いてよ」


 見かねて、恐る恐る仲裁に入る今槻。このままでは感情のぶつけ合いにしかならない。仲裁のタイミングとしては最適だろう。

 今にも掴みかからんとする立川をなだめ、クールダウンさせる今槻を横目に、幽切が髪の毛をかき上げながら訊ねた。


「なあ、爺さんよー」

「なんじゃ?」

「殺人犯だとかなんだとか、なんでこのタイミングで疑い始めたんだ? オレはこんな顔つきだからな、ありもしねー疑いをかけられるのは慣れちゃーいるが……突然このタイミングで、ってのがどうにも腑に落ちねー。まさかさっきの、『元』殺人鬼の勘だとか、倫理観云々ってのを真に受けたわけじゃねーんだろ?」

 

 たしかに、幽切セイタが異常であると疑うだけならまだしも、殺人犯として見るのは想像を飛躍しすぎているキライがある。

 サイコパスと診断される『一般人』も、世には存在するのだ。 

 赤黒く滲む腹部を押さえつつ、立川はうつむきがちに答えた。


「……正直、儂にもわからん」

「はあ?」

 

 素っ頓狂な声をあげる幽切。

 が、至極真剣な表情で立川は語る。


「ナイフに刺された瞬間、曖昧だった記憶の一部が突然フラッシュバックしたんじゃ。儂は、過去に同じように腹を刺されたことがある、と……」

「? ショック療法、ってやつかね」


「2045年になって半月も経たぬ頃、東北にある人里離れた廃屋じゃった――そこで儂は、逃亡中の殺人犯と揉み合いになり、腹を刺された。仙台のホテルに泊まっておったのも、その殺人犯を追っていたからなんじゃ」

「おいおい……爺さん、まさか」

「似ているんじゃよ、幽切さん。お主の顔が、その殺人犯に」


 立川の宣告に、幽切はハア、と此れ見よがしにため息を吐いた。


「それで、オレを殺人犯だと疑い始めた、と。オレと会ったことがあるかもしれねーっていう感覚も作用したのかね……なんであれ、とんだとばっちりじゃねーか。顔が似てるってだけで疑ってたらキリねーぜ?」

「儂もそう思った。儂自身、記憶がまだ曖昧な部分がある。もしかしたら、腹を刺されたことも単なる思い違いかもしれん。だから、儂にもわからんと言ったんじゃ」


「だったら」

「しかし、どうしてか儂の記憶は、お主の顔をあの憎き殺人犯じゃと……殺してでも捕まえるべき仇敵じゃと、そう認識してしまっとるんじゃよ」


 両手で自身の頭を鷲掴み、もはや懇願するように立川は続ける。

 その声音は、ひどく切迫していた。


「幽切さん、なあ幽切さんや。お主は先刻、儂に見覚えがあると言っておったな? 青森に、東北に住んどるとも……本当に、本当に殺人を犯したことはないのか?」

「さーてね」

「儂は真剣に訊いとるんじゃ!」

「オレだって真剣に答えてる」


 面倒くさそうに片手を振りながら、これ以上話すことはないとばかりに幽切は告げた。


「爺さん、アンタは混乱してんだよ」

「混乱、じゃと?」

「極限状態の連続で、気が動転しちまったのさ。パニック状態ってやつだ。アンタは、ナイフに刺されて記憶が戻ったんじゃねー。パニックになりすぎたことで、ありもしねー記憶を捏造し始めちまったんだ」

「混乱……混乱、しとるのか? 儂は」


「まあ、仙台のホテルに泊まってた云々うんぬんは、黒電車が走る前から言ってたことだから、戻った記憶がすべて嘘だとは言わねーよ。でも、オレが爺さんの追っている殺人犯だっていうのは、おそらく記憶違いなんだろーぜ。たしかに、爺さんに見覚えがあるとは言ったが、人里離れた廃屋で会った記憶なんて、オレにはねーからな」


「し、しかし……それもまだ、お主が忘れとるだけかも」

「そこを言い出したらキリがねーだろ。完全に記憶を取り戻すまで、そこは誰にもわからねーさ――さてと、これ以上は水掛け論だ。それで爺さん。結局のところ、どうするんだい?」


 幽切を隔離するか、しないか。

 立川は一度、ほかのメンバーを見やり、無言で是非を問うた。

 幽切を疑う気持ちはわかるが、立川の理論はあまりに脆弱だ。曖昧な記憶を根拠にしている時点で、説得力が半減してしまっている。


「隔離はやりすぎなんじゃ……」

 

 おずおずと、スズが小さな声で提言した。

 今槻とユウイチも、申し訳なさそうにそれに同意する。

 一瞬納得いかぬとばかりに顔をしかめた立川だったが、数秒思案した後、なにかを割り切るようにして頭を上げた。


「わかった。幽切さんには同行してもらおう……すまんかった、変な疑いをかけて」

「ヒヒッ、気にすんな爺さん。逆の立場だったら、オレもオレを疑ってる――ほかのみんなもありがとーよ。ここから脱出してーってのはオレも同じだから、全力で協力させてもらうぜ。さあ、それじゃー気を取り直して、ちゃっちゃと行きますかねー」


 毒ガスが出てくる前によ、と。

 ニヒルに笑い、赤扉に向かう幽切。


 ひとまず和解したことで、張り詰めていた緊迫感が解かれる。立川はまだ渋々といった様子だが、割り切った以上、それも徐々に薄れていくことだろう。

 

 ただ――忘れてはならない。

 幽切セイタは、立川からの嫌疑を言葉巧みに躱しつつも、結局、自分が殺人犯である可能性は一切否定していないことを。

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