04

 十個の赤ボタンを緑に変えたところで、二度目の黒電車通過。

 壁に張り付くことができない立川は、内周壁の角で寝そべるように避難し、ほかのみんなは一度目と同じ方法で回避した。


 そこで、全員がある変化に気付く。

 電車の速度が、目に見えて遅くなっていたのだ。


「どうやら、正解だったようじゃな」


 赤ボタンを緑に変えることで、電車の速度は減速する。

 その事実が確定されたのは、ボタンを五十個ほど押し終えた辺り、六度目の黒電車通過。

 電車の速度はもはや、のどかな田舎道を走る軽トラのソレとなっていた。


 死の恐怖から逃れられたことに、ひとまずホッとする一同。しかし、油断はできない。走行している以上、ナイフの刃に裂かれる危険性は、まだ残っているのだから。


「と、ところで今槻さん。大丈夫ですか?」

「ん? 大丈夫って、なんのことかしら? 鳴皆さん」

「その……服が濡れちゃったみたいなので。寒くないですか?」

「あ……う、うん。大丈夫よ。平気。そこまで気温も低くないし、放っておけばそのうち乾くわよ、たぶん。気にしてくれてありがとうね」


「い、いえ。タオルかなにかがあれば、それで拭けるんですけど――あ、私の服の裾で拭きますか? ちょっとぐらいなら乾かせるかも」

「そうしたら、今度は鳴皆さんの服が濡れちゃうじゃない。本当に大丈夫だってば」

「……でも」

「ふふ。やさしいのね、鳴皆さん。じゃあ、ひとつお願いしようかな」


「は、はい。私にできることなら、なんでも」

「鳴皆さんって呼び方、なんか堅苦しいから、スズちゃんって呼んでもいい?」

「え、あの、え?」

「あたし、女友達は下の名前で呼びたいタイプなんだ。ダメ?」


「い、いえ……スズちゃんで大丈夫、ですよ?」

「あら、顔真っ赤にしちゃって。かわいいー! お姉さん抱きついちゃうぞー、ほれほれ!」

「あ、ちょっと……い、今槻さん」

「なにー? なんでもって言ったからには、あたしが満足するまで好きにさせてもらうわ!」

「いえ、そうじゃなくて……抱きついちゃったら、結局私の服が濡れちゃって」

「……あ」


 とまあ。

 そんな何気ない会話で緊張を緩和しつつ、一同はボタンを押していった。


 そうして――体感にして一時間。

 反時計回りにボタンを押して回り、鉄扉からすこし離れた場所にある最後の赤ボタンを緑に変更すると、のろのろと扉近くまで迫って来ていた黒電車は、完全にその動きを停止させた。


 と同時に、ガチャリ、と響くなにかの開錠音。

 音の方向からするに、内周側の鉄扉ではなく、外周側の白扉だ。


「なるほど。こうしてトラップを解除していって、外からヒントを集めてこい、ってことか」


 興味深い、とばかりに頷く幽切。

 すぐにでも白い扉の先に向かいそうな勢いだったが、ほかのみんなはそれどころではない。緊張の連続で疲れた身体を休めようと、その場に座り込んでしまう。


「情けねーな。んじゃオレは、あの電車にほかのヒントが隠れてねーか確認してくるぜ」


 意気揚々と電車に向かう痩身を眺めながら、思う。


 幽切セイタは異常だ。


 頭の回転速度、尋常ではない対応力の高さは、まだ見逃せる。事実、立川が同じ部類の人間だから、一般人ながらもそうした資質を持った人間なのだろうと、ギリギリ納得できる。


 だが――まさしく倫理観。

 幽切の思考は、あまりにも『死』に直結しすぎている。


 犯人の目的に関する言及が、まさにそのいい証左だ。危機的状況に陥ったとき、人間は自身を保つため、今槻サトミのように楽観的な思考に逃げる。あるいは、状況を受け入れた上で、立川ゲンゴロウよろしく希望的観測を抱く。

 だが、幽切は違った。


〝――オレたちに殺し合わせて、そのサマを楽しむ気だとしても――〟


 幽切は、ココが閉ざされた施設だと、あまつさえ、殺し合いをさせるバトルロワイヤルの場ではないかと、そう推測してみせたのだ。


 楽観よりも悲観、希望よりも絶望。

 人の生死を分ける重大事が、日常茶飯事に起こるものだと認識している。


 黒電車が初めて姿を現したあとも、だから、あんなに早く思考をスイッチし、冷静に脱出のヒント探しに専念できていたのだ。

 立川が自身の右拳を傷つけたことなど、度々自分たちと同じように驚く場面はあった。が、それは単に驚いただけで、今槻のように自傷行為に嫌悪を覚えたわけではないように思える。


 黒電車到来時の叫びも、恐怖を誤魔化していたのではない。あれは、恐怖を愉しんでいたのだ。死と隣接した『日常』に、歓喜していたのだ。


 幽切セイタは、異常だ。


「おーい、充分休んだか? 特に目新しいヒントも見つからなかったから、さっさとあの白い扉を開けてみよーぜ」


 しかし。だからと言って、メンバーを危険に晒そうとしているようにも見えない。

 どころか、理由はなんであれ、本気で脱出に協力している風にも映る。

 いまのところは、警戒するだけでいいか。


『彼』はそう結論付け、重い腰をあげた。

 と。一同が白扉に向かう最中。何とはなしに振り返ってみると、どうしてか、鳴皆スズ一人が線路近くに座り続けたままだった。

 腰でも抜けたのだろうか、と近寄ってみる。見れば、少女の左手首のブレスレットが不自然にレールに引っ付いていた。


「あ……えっと、コレ、なんか磁石が入ってたみたいで」


 言いながらぐいぐい、と何度も引っ張るが、スズ一人の力では剥がせそうになかった。用途はわからぬが、相当強い磁石が仕込まれているらしい。

 メンバーは皆、白扉の奥に入ってしまっている。仕方なく少女の左手首を掴み、二人掛かりで引っこ抜くことで、スズのブレスレットはようやく、レールから離れたのだった。


「ありがとう……ゆ、ユーくん。えへへ」


 そう、面映そうに笑ってみせるスズ。

 離れたブレスレットに反して、互いの距離だけは唐突に近付いた。

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