03
扉のある地点からヒントを探し、歩き始めて、およそ十分ほど経った頃。
その異変に気付いたのは、鳴皆スズだった。
「あの……この線路、ずっと曲がっていませんか?」
絶妙な薄暗さの中、天井や壁面、足元付近の換気口などを注視しながら歩いていたせいで、レールの曲線にまで意識が向かなかった。
たしかに、初期地点からここまでの道程、ただの一度も直線を見ていない。小柄なスズに合わせてきたから、その距離は二キロほどだろうか。
「ということは、もしや……」
そのまた十分後。立川の危惧は的中する。
進行方向に再度、あの白い扉と鉄扉が姿を現したのだ。
別の場所にある新しい扉ではない。それを示すかのように、鉄扉前の砂利には、立川の破り捨てた検査着の切れ端が落ちていた。
「ぐるっと回ってきちまったってことか、オレたちは」幽切の言葉に、「そういうことになるの」立川が肩を落として応えた。
「簡単には脱出できぬ施設……なるほど言い得て妙だったわけじゃな。たしかにこれは悪趣味じゃ。道中、ヒントらしいヒントも見当たらなかったしのぅ」
「単純に見落としたのか。もしくは、この状況そのものがヒント、なのかもしれねーな」
「この状況そのものか。電車がない線路、密室空間……ああ、ダメじゃ。儂、なぞなぞは大の苦手なんじゃよ」
「……あるいは、ヒントはもう、私たちの手の中にある?」
人見知りになっている場合ではないと判断したのだろう。意を決したようにしてそう、スズが発言すると、立川は「発想の転換じゃな」と頷いた。
「儂らが手にしとるものと言えばこのおかしな服一式じゃが、検査着には病院名やメーカー名など、文字らしい文字は記されておらぬし、スリッパにもなにも記載されとらん。一番怪しいのは、この腕輪の数字じゃが……」
「いや、コレは関係ねーと思うぜ」
幽切が自身のブレスレットを見ながら言った。
「というのも、オレがさっきテンキーに入力したのが、まさにこの数字だったんだよ」
「しかし見る限り、ひい、ふう、みい……十二桁あるようじゃが、幽切さんはどの部分の数字を入力したんじゃ?」
「末尾の六桁だ、爺さん。オレのは『2045,00119862』だから、『119862』だな。おそらく、『2045』は今年の西暦で、『,』のあとの数字がオレたちの認証番号なんだろーさ。普通じゃねーことはわかりきってたが……まったく、いい趣味してんぜ、犯人も」
「儂のは『2045,00119863』じゃ。一人一人の末尾六桁を入力してみてはどうかの?」
「望み薄だろーけど、やってみるか。今槻の姉さんにガキども、お前らの数字も教えてくれ」
言われ、ユウイチたちは自身のブレスレットを確認、幽切に末尾六桁を伝える。
が。結果はすべて、不正解。
五度目のチープな電子音が鳴り、またもガゴン、と空洞音が響いた。
ガゴン?
「あの、いまの音は……?」少女にも聞こえたのだろう。辺りを見回しながらスズが問うと、「トンネルの空洞音じゃろ」特に気にしてもいない風に立川が答えた。
空洞音にしては、やけに重々しい音だったが。
なにか重いものが嵌まったような、乗せられたような、そんな重厚音。
と。テンキーを睨む幽切が、髪をかきながら苛立ち気味に口を開いた。
「やっぱダメか。『,』で区切られてる以上、四桁の西暦部分は関係ねーだろーし……」
「西暦2045年に会った大きな出来事、とか?」
思いつきか。あるいは、女性陣に良いところを見せようとしているのか。
ユウイチが自信満々といった風に提言すると、幽切はもはや失笑混じりに。
「それは、ヒントとして成り立たねーだろ。範囲が広すぎる」
「そ、そうですかね?」
「第一、それだと残り八桁の数字はなんなんだ、って話になるだろーが」
「そう、ですよね……アハハ、いい読みだと思ったんですけど」
「仮に2045年の出来事をヒントにしているとしてもだ、片割れ坊主。2045年になってまだ一ヶ月も経ってねーんだぜ? ヒントにできるよーな出来事が、そもそもねーよ。あって精々、
「……一ヶ月? いや、2045年になってもう」
ユウイチが訝しげに言った――そのとき。
突如。地鳴りのような音が轟き、地面がわずかに震え始めた。
いや、正確には、赤茶のレール『だけ』が、微震し始めた。
添えられた枕木がギシギシと悲鳴をあげ、レール周辺の砂利がカチカチと踊り出す。
地鳴りが大きくなってきた。と同時に、ガタンゴトンという聴き慣れた音が、削り取るかのような金属音と共にコチラへ近付いてくる。
間違いない、この音は――
「壁際に逃げるんじゃっ!!」
立川の叫びに、一同は慌てふためきながら、鉄扉近くの壁際に避難。べったりと背中を壁に付け、ありえないソレの襲来に備えた。
「もうやだ、神様、神様、神様……」今槻の切実な祈りが、メンバーの緊張を高めていく。
果たして――十数秒も経たずに、ソレは現れた。
真っ黒に塗装された、三両編成の普通電車。ヘッドライトは点灯しておらず、行き先を表示する方向幕と車両の底面だけが、不自然にライトアップされている。
車輪の部分がギギギ、と火花を散らし、レールの鉄を削り取った。
速度はおそらく百数十キロ。
車幅は広いが、カーブで車体が傾いているせいか、内周側なら三十センチほど余裕がある。
三十センチ。
このまま壁に張り付いていれば、なんとか避けられる隙間。
が。そんな希望も一瞬で砕かれた。
わずかに見える――黒電車の側面、ドアや窓が設けられている壁の下部に、外に刃を向ける形で、大量のナイフが水平に『埋め込まれていた』。
紐やテープでくっ付けているのではない。それが本来の姿だと言わんばかりに、ナイフの柄の部分がそもそも車体に融解していたのだ。
車両が傾いているので正確な高さは定かではないが、ユウイチなら胸、立川ならば腹部辺りに刃先がくる位置。
小柄なスズは、おそらく喉元をかっ切られる形になる。
一同もその異質な装飾品に気付いたのか。全員が一斉に顔を横に傾けて、肺を空にするほど息を吐き、壁と同化するかのごとく身体を薄くした。見た限り、刃の長さは五センチもない。つまり、猶予は二十五センチ。まだ、まだ避けられる範囲内だ。
「神様、神様、神様……!」またも今槻がつぶやいた。「ヒヒッ、本当いい趣味してんなー、クソッタレ!」幽切が恐怖を誤魔化すように叫ぶ。
直後。メンバーの鼻先スレスレを、ものすごい風圧と共に駆け抜けていく黒電車。
ナイフの刃先が検査着をわずかに掠める感触に、嫌な脂汗が全身からとめどなく吹き出す。
下手に動けば、ナイフがこの身を切り裂く。
死に、直結する。
瞬間――脳裏をよぎったのは、綺麗な桜の交差点。
そうして。
何十分、何時間にも感じる数秒を経て、まさしく悪趣味な黒電車が走り去った後、一同は力なくその場にへたり込んだ。
心臓は叫び続け、呼吸が安定しない。何度拭いても汗が流れ出す。大気に鉄粉が舞い上がる中、ふと漂うアンモニア臭。見れば、引きつった表情の今槻が失禁していた。
「なんで、さっきまで、あんなの……」
漏らしたことも気にせず、今槻が茫然自失とつぶやくと、
「おそらくだが」
幽切が疲労困憊といった様子で口を開いた。
「何度かキー入力に失敗すると、あの電車が発車される仕組みになってたんだろ。ほかに原因が思いつかねー。さっき鳴皆の嬢ちゃんが聞いた音は、黒電車がレールに乗せられた音だったんだ――あんなもん隠して格納しとくとは、つくづくいい趣味した施設だぜ。サンダーバードみてーに、地下から迫り上がってきたのかね?」
「そんな考察はどうでもいいのよっ!!」
これまでのような、軽口を叩き合うようなトーンではない。幽切セイタを本気で呪っているかのごとき切迫した声音で、今槻は叫んだ。
「アンタ、いまなんて言った……? 『キー入力に失敗すると』? つまりなに? あの電車は、アンタが何度も入力を失敗したから動き出した、ってこと?」
「まあ、事実だけ見ればそーなるな」
「ふざけないでよ!! アンタのくだらないミスで全員が死にかけたってことじゃない!」
「いやいや、末尾六桁を入力してみよーってのは、全員合意の上だったじゃねーか。入力したオレ一人の責任にすんなよ」
「う……たしかに、そうだけど……というか、そう、というか! なんなのよ、その上からの態度! 人を殺しかけてるのに!!」
「ヒヒッ、女特有の責任転嫁か? 悪い意味でブレねーな、姉さん――てか、人を殺しかけたとか、そこら辺の倫理観はオレに求めねーほうがいいぜ?」
「な、なによソレ。どういう意味?」
思いがけぬ返答に困惑する今槻。
が。幽切は「さーてね」と含みのある微笑を浮かべると、素知らぬ顔で立ち上がり、話題を移すのだった。
「とりあえず、これでヒントの在り処に目星はついた。突然すぎてよく観察できなかったが、おそらく、あの電車にヒントが隠されてんだろーぜ。あれだけ探して見つからなかった以上、そこ以外に考えられねー。あの速度なら、もう数分もしねー内に、もう一度ココを通過する。そのときに全員で、黒電車をよーく観察するんだ」
「え……ま、またあんな怖い思いを?」
ユウイチが怯え切った声で洩らすと、
「『①=D』」
そう、息も絶え絶えといった風に、立川が言い放った。
見ると、うずくまる立川の腹部から、大量の血液が流れ出していた。
ギョッと目を見開く一同。立派な体格ゆえ、二十五センチの猶予では足りなかったようだ。
思わず駆け寄ったスズに「大丈夫、内臓はやられとらん」と強がりをひとつ。検査着の左腕部をちぎり、止血を始める立川。
ほら見たことかと言わんばかりに、今槻が幽切に非難の目を送る。が、幽切はさして気にも留めず、額に汗を滲ませる立川に訊ねた。
「爺さん、『①=D』ってのは?」
「……そうじゃ、儂は腹を……じゃが、どうして……」
「? おーい爺さん、出血しすぎたのか? ぼんやりしてっぞ?」
その呼びかけに、ハッと我に返り話し始める立川だったが、どうしてか、幽切に向ける視線が懐疑的なものに変わっていた。
「で、電車の上部、行き先などを表示する部分に、そう書いてあったんじゃよ」
「不自然にライトアップされてたとこか……なるほど、オレの読みは当たってたみてーだな。たしか、電車の底のほうもライトアップされてたよな?」
「ああ。じゃが、電車の底面を確認するのは不可能じゃぞ? 電車の真下に潜り込めば、鉄道機器に巻き込まれて即死じゃ。一番小柄な鳴皆さんでもおそらくは無理じゃろうて」
「となると、電車の底じゃなくて、注目すべきは線路上……?」
「み、みなさん。アレ」
言って、スズが指差したのは、二本のレールの狭間にある枕木。
その側面に、親指大ほどの赤ボタンが設置されていた。
電車が通過する際の振動で、枕木周辺の砂利が跳ね飛び、露呈したようだ。
枕木がギシギシと軋んでいたことからもわかる通り……この施設、地下鉄に似せているだけで、本来の地下鉄よりも造りはズサンらしい。
さておき――スズの発見に、「でかした、嬢ちゃん!」と幽切が喜び走り、早速赤ボタンを押してみる。今槻が「ひっ」と小さく呻いたが、ボタンの色が赤から緑に変わっただけで、特に変化は見られなかった。
「もう一度押すと、赤に戻るのか。なんのボタンだろーな、コレ」
「押してから言わないでよっ!」
今槻の尤もな突っ込みも最中、立川が幽切を呼んだ。
「幽切さんや。その三つ隣の枕木にも、同じようなボタンが見えるぞ?」
「マジだ……ん、こっちも赤になってんな。一応押しておくか」
「信号機の代わり、なのかも……」
スズの何気ない発言に、幽切と立川が天啓を得たとばかりに目を輝かせる。
信号機。
なるほど、線路というギミックを踏まえると、その発想はしっくりくる。
「そーいうことか。赤は『危険』で」
「緑は『安全』というわけか……よし、皆の衆! 手分けして枕木のボタンを探し、赤を緑に変えていくんじゃ!」
解かれない問題は問題じゃない。
その理論を犯人が貫いているのであれば、ただ殺されるだけの仕掛けであってはならない。必ずメンバーが生き残るための
だからこそ、危険を怖れていた今槻も、がむしゃらにボタン変更に参加したのだった。
ただ一人。
「――クソ共が」
不満げに、ないし忌々しげに舌打ちをする、三浜ユウイチを残して。
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