02

 話の流れでなんとなく読み取れていたが、どうやらユウイチが起きるのを見守っている間、立川たち四名は軽く自己紹介を交わしていたらしい。

 湾曲した線路を横目に歩く最中。「できるだけ情報は共有しといたほうがいいじゃろう」と立川があらためて、各メンバーのプロフィールを教えてくれた。


 立川ゲンゴロウ、五十八歳。埼玉県に住む警察官。階級は巡査部長。

 今槻サトミ、二十四歳。東京都に住むOL。

 幽切セイタ、三十八歳。青森県に住む無職。


「そっか。つまりさっきのは、無職の人間が偉そうに推論を語ってた、ってことになるのね」

「こんな状況で無職もクソもねーだろ、大便姉さん」

「こ、これは便意じゃないし! 可愛らしい尿意だし!」

「可愛らしい尿意って……はー、切ねー。せめて自分を可愛らしく見せたいがための、行かず後家の悲しいプライドかー。これだから成人した女は」


「失礼すぎじゃないっ!? というか、あたしにだって婚約者ぐらい――あ、あれ? 婚約者、いたはずなんだけど……あれ? うまく思い出せない」

「おいおい、今槻の姉さん。見栄のために嘘つくのはよくねーぜ」

「ちがっ、本当にいたのよ! いたはず、なんだけど……いないような気もする、というか」

「ま、状況が状況だ。仮に嘘だったとしても水に流してやるよ。クソだけに」


 そんな会話を交わしながら――残るプロフィールは一人。

 暗い顔で座り込んでいた少女、鳴皆なるみなスズ、十五歳。神奈川県に住む高校一年。

 百四十センチ弱の矮躯に黒髪ショートヘアーと、今槻に比べると地味に映るが、表情が重いだけで、目元などの各パーツは美少女のソレだ。


 目ざとくソレを察知したのだろう。立川の話を聞き「マジで!?」と目を見開くと、ユウイチは歩調を緩め、最後尾の前を歩く少女――スズと隣り合った。

 今槻の胸を凝視していたことからもわかる通り、三浜ユウイチ、女性に目がないのである。

 これで外見も整ったイケメンだというのだから、つくづく救いようがない。

 閑話休題。


「はじめまして。俺、三浜ユウイチ。よろしくね、鳴皆さん」

「は、はじめまして、三浜さん」

 

 人見知りなのだろうか、強張った表情で返すスズ。

 しかし、ユウイチは知ったことかとばかりに、互いの距離を縮めて。


「ややこしいし、下の名前で呼んでくれていいよ。いやあ、実は俺も神奈川住みの高一でさ。すごい偶然だよね。もしかして同じ学校だったりするのかな?」

「……水戸島みとじま第二高校」

 

 ぼそり、と独り言のようなスズのつぶやきに、ユウイチは思わず「え?」と声を漏らした。ユウイチの通う学校が、まさしくその水戸島第二高校なのだ。

 が。すぐさまスズはしまったとばかりに口を押さえ、チラリと最後尾を見やると、しっかりユウイチとの距離を空け直して、あたふた訂正し始めた。


「ち、違うんです! その……私の通ってる高校は、他県にあって」

「それじゃあ、どうして俺の高校を?」

「いえ……あの、水戸島第二高校って、神奈川の中でも大きな学校じゃないですか。だから、もしかしたらそこなのかな、と……」


「あ、ああ、そういうことね。まあともかく、なにか助けてほしいことがあったら、なんでも俺に言ってよ。同郷の誼みっていうか、とにかく力になるからさ」

「……あ」

「うん、なにかなあ?」

 

 幼児を相手にするかのような、どこか上から目線の笑顔でユウイチが聞くと、スズは静かに人差し指を前に突き出し、告げた。


「あそこ、なにか見えません?」


 スズが指差した、二十メートルほど先。

 線路外周側の壁に、白い扉がひとつあった。


「ほら、やっぱりあったじゃない」今槻が満面の笑みで得意気に言うが、幽切の怪訝な姿勢は変わらない。「普通、地下鉄の避難口は駅にしかねーんだぜ? 今槻の姉さん」


「え。そ、そうなの? じゃあ、アレは……」

「ヒヒッ。マジで悪趣味な施設かもしれねーな、ココは」

 

 不安が強まっていく中。ひとまず件の扉に近付いていき、そこで、新たな発見をする。

 ステンレス製の白い扉の真正面――内周側の壁に、もうひとつ別の扉を見つけたのだ。


 それは、光沢まぶしい銀色の鉄扉。

 白扉が一般的なレバーハンドルに対し、コチラは金庫室もかくやといった風の丸ハンドル。どちらの扉にも鍵穴は存在せず、ハンドルを動かしてもビクともしない。

 ただ、相違点がひとつ。

 鉄扉の扉横には、小さな液晶と0~9のテンキーがあり、扉上部には『第一フロア』と記入された看板と、以下の数式が記されたプレートが飾られていた。



『①E③④H + ③②③④E = E⑤⑥③PE』


 

 謎の数式を見上げたまま、ユウイチたちは絶句する。

 世界中のどこにも、知識がなくてもわかる、こんな数式を飾ってる地下鉄は存在しない。

 こんなの、コレを解かなければ脱出できないぞ、と言っているようなものではないか。

 幽切の推測が……ココが地下鉄ではないことが、無常にも確立された瞬間である。


 けれど――ならば。

 ココはいったいどこで、犯人は何者なのか?

 落胆と未知の恐怖が、さざ波のように一同に忍び寄る。

 が。幽切はさして臆した様子もなく、どころか興味津々と言わんばかりに。


「なるほど。この数式を解いて、答えを入力しろってことか。今槻の姉さん、数学は?」

「うるさい、ちょっと黙ってて……」

「んだよ、今更ビビリやがって。メンタルも若かったってことか? まあいい。それじゃー、爺さんとガキどもはどうだ?」


 幽切の問いに、ユウイチたちは力なく首を振った。

 見覚えはある、けれど。


「オレも勉強はサッパリだからな。てか、そもそもコレ数式なのか? 所々アルファベットが混ざってるみてーだが……あー、いや、①から⑥までの数字は、ほかのアルファベットを見るに、空欄を意味してんのか。その空欄にそれぞれアルファベットを当てはめることで、数式は数式として完成する、ってことか?」

 

 言いながら、試しに幽切がテンキーで数字を入力してみた。入力できる数字は六桁。

 が。不正解という意味だろう、チープな電子音と共に液晶の数字はリセットされてしまう。

 遠くのほうで、ゴウ、と、ひときわ大きな空洞音が響いた。


「幽切さんや」考え込むようにしていた立川が、ふと幽切に訊ねた。「この扉を開ければ、儂たちはココから脱出できるのか?」

「さーな。でも、これだけあからさまにお膳立てされてんだ。この数式の答えが脱出のキーになってるのは、間違いねーだろーぜ」


「じゃが、答えを出そうにも、その機械は数字しか打ち込めんのじゃろ? アルファベットを当てはめることなど」

「たぶん、どっかにヒントが隠されていて、それで数式に当てはめるアルファベットがわかる仕組みになってんだろーさ。解かれない問題は問題じゃねー。こんな大掛かりなことをしてる以上、犯人出題者もオレたちに問題を解かせる余地を挟んできてるはずだ」


「ふむ。ならば、その数式は控えておくべきじゃな」

「控えるって……」

 

 立川の提言に、幽切は呆れたように肩をすくめた。


「爺さん、メモ帳でも持ってんのかよ?」

「無論、そんなものは持っとらん。じゃが、紙の代わりならいくらでもある」

「紙の代わり?」

 

 幽切が訊ねるよりも早く、立川は自身の検査着、その右腕部を破り始めた。ちぎった布切れを紙代わりにするつもりか。

 だが、それでも書くものがない。どうする気なのかと幽切が意地の悪い顔で眺めていると、次いで立川は屈み込み、右拳で力いっぱい眼下の砂利を殴りつけた。


「うそっ!?」今槻は驚きの声をあげ、幽切は浮ついた表情を真剣なソレに変えた。ユウイチとスズは、ただただ呆然と見守ることしかできない。

 そうして。拳から滴る血液を指先に移し、数式を書き終え、その布切れを右手首に巻くと、残った布の切れ端で拳をテーピングし、立川は腰を上げた。


「よし、これで止血完了。あとはヒントを探すだけじゃな」

「……思い切りがいーな、爺さん」

 

 茶化すでもなく幽切が問うと、立川は快活に笑ってみせた。


「当然じゃ。犯人の意図は相も変わらず読めんが、このままでは最悪、生死に関わる重大事になる。皆を生き残らせるためにも、この程度の傷で躊躇っとる暇なぞなかろう」

「ヒヒッ、警察官の信念ってやつかい?」

「老いぼれの悪あがきじゃよ。さあ、早速ヒントを探しに行こうかの、皆の衆」


 儂に続けー、とおどけて言い、線路を進み始める立川。

 扉前に何人か待機させておくべきかとも思ったが、ココが見知らぬ空間だと判明した以上、なにが起こるかわからない。現状はまとまって動くのが正解だろう。


 気付けば皆、立川の指示に従い、リーダーと認めるようになっていた。

 が、それに異論を唱える者はいない。当然だ。年長者であり警察官である、というのも関係しているだろうが……なにより、自身を傷つけてまで皆を守ろうとする、その挺身の姿勢が、一同の心を静かに打ったのだった。

 同じ境遇の人間がいたから、という理由だけで同行していたメンバーが、たしかな結束力を持つ『チーム』に生まれ変わった瞬間である。


「ところで、幽切さんや。ひとつ訊ねたいことがあるんじゃが」

「なんだい? 爺さん」

「お主、どこかで儂と会っとりゃせんか? 自己紹介のときからずっと気になっとってのぅ」

「……マジかよ。オレも、アンタの顔には見覚えがあったんだ」


「なんと。しかし、どこで会ったのやら……そこがサッパリ思い出せん」

「まあ、どこでってのはわからねーが、会ったことがあるのは間違いねーよ」

「ほう? その根拠は」

「『元』殺人鬼の勘、かな?」


「カッハッハ! 冗談がうまい。よかったの、儂が手錠を持っとらんで」

「ああ、まったくだ」

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