コンビニでの用事依頼練習
夕方のコンビニ前。風がガラス戸を揺らす。自動ドアの前で、水野と坂口が立ち止まる。店内からはレジ袋の音と、電子音が漏れてくる。人通りはまばらだが、時折、制服姿の学生が通り過ぎる。
坂口: 「なあ、今日こそやってみるわ。知らん人に用事、頼んでみるやつ。」
水野: 「いきなり?ここで?コンビニで?やばいで?」
坂口: 「いけるいける。こういうのは勢いや。まず声かけて、『すみません、ちょっとお願いが』って。」
水野: 「それ、どういう意味?お願いって何頼むつもりやねん。」
坂口: 「例えば、レジの列、代わってもらうとか。あと、カゴ持ってもらうとか。」
水野: 「厚かましい。カゴは自分で持てや。頼む意味どこにあんねん。」
坂口: 「いやいや、カゴって意外と重いねんで。お手元がふさがってる時とか。」
水野: 「お手元って言い方、なんか高級旅館みたいやな。お足元にご注意ください、みたいな。」
坂口: 「じゃあ、お足元にカゴをって頼む?」
水野: 「迷惑や。要するに何頼みたいん?」
坂口: 「いや、頼み方の練習やから内容は何でもええねん。勢いが大事やろ?」
水野: 「勢いで頼んだら、だいたい断られるやろ。手順、ちゃんと考えたほうがええ。」
坂口: 「手順て。頼むだけやん。『すみません、カゴ持ってもらっていいですか?』これで終わり。」
水野: 「それ、条件多すぎるやろ。まず、相手が両手ふさがってたらどうすんねん。」
坂口: 「そん時は、『手元が空いたらで』って付け足す。」
水野: 「いや、余計ややこしいわ。手元が空いたらカゴ持つって、カゴの順番待ちみたいになるやん。」
坂口: 「じゃあ、カゴじゃなくて、レジ袋開けてもらうとか。」
水野: 「それも自分でやれや。頼む意味、どんどん薄なってるぞ。」
坂口: 「いや、頼み方の練習やから。内容は薄くてええねん。」
水野: 「じゃあ、逆に頼まれたらどうするん?」
坂口: 「いけるいける。『はい、喜んで』って言う。」
水野: 「居酒屋か。コンビニで『はい、喜んで』は聞いたことない。」
坂口: 「じゃあ、なんていうたら良いねん。」
水野: 「何を?カゴの頼みごとで?」
坂口: 「いや、頼まれた時の返事。」
水野: 「知らんがな。自分で考えろよ。」
坂口: 「はい、喜んで!」
水野: 「・・・・しばくぞ。」
坂口: 「冗談やん。とりあえずなんでもいい。俺を家に送ってもらうとか。」
水野: 「それ、もうコンビニの用事ちゃうやん。どこまで頼む気やねん。」
坂口: 「いや、頼みごとってスケール大きいほうが印象残るやろ。」
水野: 「印象だけ残して、警察も呼ばれるわ。」
坂口: 「じゃあ、普通に『すみません、これ取ってもらえますか』でええ?」
水野: 「それが一番ええ。でも、取ってもらうこれが何かによるやろ。」
坂口: 「例えば、最上段のカップ麺。」
水野: 「それはまあ、背低かったら頼むかもな。でも、相手が子供やったら?」
坂口: 「そん時は、『成長してからで』って言う。」
水野: 「何年待たす気やねん。足長おじさんか。」
坂口: 「時間軸が長いだけや。」
水野: 「要するに、頼み方って相手の状況見て変えなあかんやろ。」
坂口: 「でも勢いも大事やって。」
水野: 「勢いだけで頼んだら、だいたい断られるってさっき言うたやん。」
坂口: 「でも、勢いで押し切ったらいける時もある。」
水野: 「成績の悪い営業マンみたいなやな。」
坂口: 「じゃあ、一回やってみよ。今、ここで。」
水野: 「は? 俺が? 誰に?」
坂口: 「あの人。今、ドリンクコーナーで迷ってる人。」
水野: 「いや、迷ってる人に頼みごとしたら、迷いが増えるやろ。」
坂口: 「逆に、迷いを頼む。『どっちがええと思います?』って。」
水野: 「それ、用事を頼むんやなくて、相談やん。」
坂口: 「相談も頼みごとの一種やろ。」
水野: 「範囲広げすぎや。頼みごとって、もっと具体的にせな。」
坂口: 「じゃあ、『この牛乳、買えますか?』って聞く。」
水野: 「何の話やねん。今のナシ。」
坂口: 「じゃあ、リセットで。普通に頼む。」
水野: 「普通が一番むずいんやって。手順、整理してみ。」
坂口: 「まず、声かける。次にお願いを言う。最後にお礼。」
水野: 「それ、教科書やん。現場はもっと複雑や。」
坂口: 「じゃあ、現場でやってみる?」
水野: 「いや、今はやめとこ。タイミング悪い。」
坂口: 「タイミングって、鉢合わせとか待ち合わせとか、そういうやつ?」
水野: 「言葉遊びやめろ。鉢合わせで頼みごとしたら、余計気まずいわ。」
坂口: 「じゃあ、待ち合わせで頼む。『待ってる間にカゴ持ってて』って。」
水野: 「待ち合わせでカゴ持たすやつおらん。」
坂口: 「でも、頼みごとって、タイミング命やろ?」
水野: 「まあ、タイミングは大事やけど、内容も大事や。」
坂口: 「じゃあ、内容は後で考える。」
水野: 「それ、今考えろや。」
店内からレジの呼び出し音が響く。二人の間に一瞬、沈黙が落ちる。外の風が強くなり、ポケットの中でレシートがカサカサ鳴る。
坂口: 「…結局、頼み方って難しいな。」
水野: 「難しい。手順も勢いも、どっちも要るけど、どっちも足りてない。」
坂口: 「じゃあ、今日は頼むのやめとく?」
水野: 「やめとこ。店内の雑音に紛れとくほうが安全や。」
坂口: 「いけるいける、また今度や。」
水野: 「今度って、いつやねん。」
坂口: 「…今度、また考えよ。」
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