第2話『ようこそ、規約第13条の世界へ』
都内某所、貸し会議室の一室。
防音の効いた室内には、札束を数える音だけが残っていた。
「百九十、百九十五、二百万。……よし、きっちりあるな」
大男——ケンゴが、封筒の現金をテーブルに放り出す。
ソファでスマホをいじっていたエリカが、それを横目で見て鼻を鳴らした。
「ほんとチョロいよね。泣きながら走ってたし」
「ギャハハ! ああいうの、芸術だわ」
「でもさー、あの協会のオヤジはウザかったな。なんでアタシらが怒られなきゃなんないの?」
「無駄口を叩くな」
窓際でタブレットを操作していた男——サカキが、冷えた声で制した。
細身のスーツに銀縁眼鏡。画面には、次の“候補”らしきメモが並んでいる。
「協会が何か言ってきても、できることは限られている。逮捕も拘束も、できない」
「じゃあ昨日の協会のオヤジ、結局なんだったの?」
「勧告だ。——そして記録だ」
サカキは一度だけ視線を上げ、二人を見た。
「記録は、積もると“面倒”になる。火種を増やすな」
「はーいはーい」
エリカが適当に返した、そのときだった。
ブッ、ブッ、ブッ。
三人のスマホが、同時に同じ警告音を鳴らした。
着信ではない。アラート。端末の操作を受け付けない種類の通知だ。
「んだよ、何これ」
「画面、固まって——」
エリカが息を呑む。
スマホの画面が真っ白に発光し、黒い文字が浮かび上がった。
《通知:特別招待状》
《差出人:ダンジョン環境保全・管理協会》
「……特別、招待?」
サカキが眉をひそめる。
「エリアメールの偽装か? いや、この権限表示は——」
言い終える前に、部屋の空気が布のように“たわんだ”。
視界がホワイトノイズに埋まる。
耳が遠のく。
床がなくなるような浮遊感。
三人の意識は、そこで途切れた。
◇
「……おい、起きろ!」
怒鳴り声。頬に走る痛み。
意識が引き上げられ、目が開く。
無機質な灰色の空間だった。
床も壁も打ちっぱなしのコンクリート。高い天井に発光パネル。空調の音すら均一で、妙に静かだ。
「ここ……どこだよ」
「ケンゴ! 服、なにこれ!」
エリカが自分の身体を見下ろして叫ぶ。
高そうな服もアクセサリーも消えている。代わりに、飾り気のない灰色の作業着——支給品のようなものが体に馴染んでいた。
ケンゴも同じだ。愛用の装備はない。腰にあるのは量産品の剣が一本だけ。
「俺の装備が……!? ふざけんな! 返せよ!」
「待て。落ち着け」
サカキが、やけに低い声で言った。
視線が忙しなく周囲を測る。足音。反響。壁の継ぎ目。何かを探す目だ。
「……ダンジョンだ」
サカキは壁面に手を当て、乾いた声で断定した。
「魔力濃度。空間固定。これは“亜空間(インスタンス)”だ」
「会議室がいきなり——」
「転移だ。しかも、個人じゃなく“対象指定”。……そんなことができるのは——」
言葉が途切れる。
彼らの頭上、見えない位置からノイズ混じりの音声が降ってきた。
『——ようこそ。ダンジョン環境保全・管理協会、矯正施設へ』
加工された、性別不明の機械音声。
部屋の奥、一段高い場所に巨大なモニターが出現した。
《規約適用通知》
適用条文:規約第13条【特別招待(特例措置)】
対象:パーティ “ピンク・バレット”
根拠:HRS(苦情総量)規定値超過
措置:強制転送/査問開始
続けて、彼らの視界の端に小さなウィンドウがいくつも開く。
《所持品:置換》
私物装備:保全(ダンジョン外)※返還条件は処分に準拠
支給品:適用(最低限)
《注意》
備品損壊・暴力行為は追加の規約照会対象です
「規約……第13条?」
サカキがモニターを睨みつける。
「誰だ。出てこい。これは違法だ。人を閉じ込める権限が協会にあるわけがない」
『異議申立てを確認』
機械音声は温度を変えずに応答した。
『当施設は、探索者ライセンス同意条項および協会規約第13条に基づき生成されています。貴方方はライセンス取得時、本規約に同意しています』
「同意した覚えは——」
『却下します。同意の署名ログは保全されています』
モニターが切り替わる。
三人の電子署名。登録日時。端末識別。規約同意のチェック履歴。
“読んだかどうか”は関係ない。
同意したログが残っている。それだけで手続きは成立する。
「……クソ」
ケンゴが剣を抜き、壁を殴るように叩きつけた。火花が散るが、壁は欠けない。
『備品損壊の試行を確認。規約第1条【力の乱用禁止】の照会対象です』
「うるせぇ! 出せ!」
「待て、ケンゴ!」
サカキが制止するより早く、ケンゴがスキル発動の構えに入る。
◇
私はモニタールームで、同じ光景を見ていた。
操作卓の表示は淡々としている。
《CASE-01:査問開始》
対象:ピンク・バレット
HRS:規定値超過(自然流入/減衰なし)
監査ログ:保全中
アナウンス権限:有効
生成後改変:無効(禁止)
必要なのは、手順通りの告知だけだ。
マイクのスイッチを入れる。
「申し訳ありません」
定型句を、定型の声量で述べる。
「本ダンジョンは、規約第14条【生成後改変不可】の仕様です。生成後の停止・変更・任意退去は、私を含む運営権限の範囲外です」
モニターに追記が表示された。
《規約第14条:生成後改変不可(仕様)》
《運営権限:制限中(ログ保全/監査開示/アナウンス)》
「……止められない、だと?」
サカキの声が掠れる。
私は説明を足さない。
業務上、必要な情報は既に提示した。
「以後の異議申立ては受理します。——却下します。仕様ですので」
通話を切る。
向こう側で何かが叫ばれているが、私の画面には次の手続きが並ぶだけだった。
私はキーを叩く。
《査問プログラム:第1段階》
名称:沈黙は金(ただしHPで払う)
目的:虚偽・黙秘のコスト化/自白の誘導
開始条件:対象者の同意不要(第13条に基づく)
——開始する。
《第一プログラム:起動》
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