その苦情(ヘイト)、処刑用ダンジョンにしてお返しします 〜窓際係長の裏仕事は、規約違反者を「特別招待」するGMでした〜

他力本願寺

第1話『窓際係長の業務日誌』

ダンジョン環境保全・管理協会。通称「掃除屋」。


探索者(シーカー)がダンジョンに潜れるのは、誰かが入口を整備し、苦情を受け付け、事故報告を処理しているからだ。私の担当は、その「誰か」のうちでも、特に表に出ない部分——苦情処理だ。


西日が差す窓際席。端末。定型フォーム。問い合わせ番号。


いつも通りの業務時間に、いつも通りではない声量が混ざった。


「……ですから! 俺はやってないんです!」


カウンター越しに、若い男が食い下がっている。二十歳そこそこ。装備は量産品。泥と手垢が残るレザーアーマー。目の下にクマ。瞳だけがやたらと焦っている。


私は端末から視線を上げ、必要な注意だけを口にした。


「声量を下げてください。他の業務の支障になります」

「す、すみません。でも……!」


男は言葉を継ぎ、途切れ途切れに経緯を吐き出す。


女が悲鳴を上げた。男が殴った。取り囲まれた。示談金を要求された。


私は相槌を打たない。その代わり、項目を埋める。


「整理します。発生日時」

「きのうの、午後三時ごろです」

「場所」

「D3エリアの通路」

「相手方の探索者ID、またはパーティ名」

「『ピンク・バレット』……エリカと、ケンゴ」


キーボードを叩く。検索結果が出る。


《照会結果:パーティ “ピンク・バレット”】【ランク:混成(C〜B相当)】【苦情履歴:複数(未確定)】》


男が身を乗り出す。


「……協会なら、なんとかできませんか」

「客観ログはありますか。録画、音声、位置記録、やり取りの履歴」

「……ないです。いきなりで……」

「ログがない場合、協会の原則は“不介入”です」

「警察にも行きました。でも、証拠が薄いと……俺の方が揉めるって……」


男が拳を握りしめる。カウンターに鈍い音が落ちた。


「二百万、払いました。借金して。これじゃ装備も——」

「金額は記録します」


私は端末に入力する。


《被害申告:示談金相当 2,000,000(申告)》


男が息を吸う。


「……あんた協会の人だろ? 管理してるなら——」

「現時点では、あなた個人の被害を“確定”として処理できません」


男の顔から血の気が引く。


私は続けた。ここからは、確定ではなく手続きの話だ。


「ただし、協会規約上の“是正勧告”は可能です。相手方との接触履歴と、同種申告の累積は残っています」

「ほ、本当ですか……!」

「はい。業務ですから」


端末を閉じ、立ち上がる。男が何か言いかけたが、私は聞き返さない。必要事項は回収した。


感情ではなく、要件と手続きを処理する。


          ◇


D3エリアへ続くゲート前広場は、いつも通り騒がしい。


準備運動の掛け声。武器の手入れ。戦利品の自慢。撮影。配信。


その喧騒の端に、派手な装備の二人組がいた。女は泣き顔が似合うタイプの整った顔。男は前衛職らしい体格で、笑い声がでかい。


——“ピンク・バレット”。現場に出るのは、だいたいこの二人だ。もう一人、脚本役のサカキは、いつも後ろにいる。姿が見えない時ほど厄介だ。


私は二人の前で止まり、身分証を提示した。


「ダンジョン環境保全・管理協会です。規約に関する是正勧告に来ました」


空気が一段冷える。


大男——ケンゴが身分証を見て、鼻で笑った。


「掃除屋? 用務員が何の用だよ」

「あなた方のパーティについて、迷惑行為の苦情が寄せられています。昨日、D3エリア——」

「はぁ?」


女——エリカが甲高い声で被せた。


「ちょっと待ってよ! アタシ被害者なんだけど!? 急に触られて、怖くて泣いてただけ!」

「事実確認のために——」

「うっわ、最低!」


エリカは周囲に聞こえる声量で叫び、取り巻きの視線を集める。泣きそうな顔を作るのが早い。


「協会がセクハラ男の味方するわけ!? アタシが嘘ついてるって言うの!?」

「私は“確定”とは言っていません。是正勧告です」

「それを二次加害って言うんだよ」


ケンゴがスマホを取り出し、私にレンズを向けた。


「おい見たか? 協会の窓際おっさんが、被害者の女の子を脅してまーす。今から配信で晒すからな」


私は目線だけでスマホを確認し、淡々と返す。


「許可なき撮影は権利侵害に該当します。中止してください」

「うるせぇよ。掃除屋は便所掃除でもしてろ!」


ケンゴが私の肩を突き、身体が半歩ずれる。周囲から笑いが漏れる。


私は姿勢を戻し、上着の埃を払って、端末を操作した。


《規約適用通知(予告)》

《第1条:力の乱用禁止(照会)/第2条:恐喝・強要(照会)/第3条:虚偽申告(照会)》

《是正勧告:発行》

《対象:パーティ “ピンク・バレット”】【構成員:エリカ/ケンゴ ほか】》

《内容:同種苦情の累積につき、行為停止と事実確認への協力を求める》


私は画面を閉じて告げる。


「是正勧告は発行しました。以後、協会職員への妨害行為は業務妨害として記録します」

「は? 記録? 勝手にやってろよ」

「……以上です」


言い残して踵を返す。


背後から「逃げたw」「ざまぁw」と笑い声が飛ぶ。エリカはカメラに向かって涙を作り、「協会って酷いんですね……」と語っている。


構わない。彼らが“外に向けて拡散した”こと自体が、燃料になる。


          ◇


オフィスに戻ると、端末が低い通知音を繰り返していた。


“ピンク・バレット”の配信動画が拡散されている。タイトルは派手だ。最初のコメント欄には協会への罵倒が並ぶ。


だが数分で、流れが変わった。


『え、これピンク・バレットのケンゴだろ』

『俺も同じ手口でやられた』

『私も。示談金、同額だった』

『常習だろ。証拠出す』


告発が連鎖する。協会の公式フォームが、秒単位で埋まっていく。


私はコーヒーを一口飲み、画面を切り替えた。


《HRS状況(Hate Request Score)》

対象:パーティ “ピンク・バレット”

現在値:12,400 → 13,980 → 15,000

規定値:15,000

増加要因:被害申告(本人確認)/同種申告の一致/外部拡散による追加申告

解析:自然流入(減衰なし)


赤いラインが閾値を越える。


《HRS:規定値超過》

《適用条文:規約第13条【特別招待】》

《確認:規約第14条【生成後改変不可(仕様)】》


実行確認のダイアログが、無機質に点滅する。


私はマウスに手を置き、クリックした。感情で裁く処理ではない。規約の要件が満たされただけだ。


「苦情件数、規定値突破。——承認(Authorize)。」


カチリ、と乾いた音が鳴った。


---




### 【協会からの連絡(作者あとがき)】

※本業務の継続には、閲覧・評価データが参照されます。ご協力いただけると助かります。

Q. 冤罪ビジネス集団に似合う「皮肉なギミック」(創作)案があれば、コメントで募集します。

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