第3話 蒼刃《そうじん》トウマ
レイもその中に混じっていた。
ざわめきの中心には、一人の少年がいた。
トウマ。
「将来の門衛長候補だってさ」
「やっぱり蒼刃は違うよな……」
そんな囁きが飛び交う。レイは鼻で笑いたくなった。肩書きがあるだけで持ち上げられる。努力も、傷も、関係なく。
トウマの近くでは、女子たちも落ち着かない様子だった。スズという少女が、さりげなく隣の位置を取ろうとしている。目が真っ直ぐで、憧れが隠しきれていない。そこへ、人気者のリツが割り込んだ。
「そこ、空いてると思った?」
「……別に、私の場所じゃないけど」
言葉は柔らかいのに、空気は軽く火花を散らす。周りの見習いが面白がって笑う。トウマは、そんな小競り合いを見ても反応しない。そもそも他人に興味がないみたいな顔だ。
それがレイには余計に気に入らなかった。
レイはわざと足音を大きくして近づき、トウマの前に立った。
「おい、“蒼刃様”。気分はどうだ? みんなに持ち上げられて」
周囲のざわめきが一瞬止まる。スズが息を呑み、リツが目を丸くする。トウマはゆっくり視線だけを動かしてレイを見るが、すぐに目を逸らした。
「……用がないなら、離れてくれ」
それだけ。怒りも、焦りもない。まるで“そこにいるだけの雑音”を払うような声。
レイの胸の奥が熱くなった。鍵穴が疼くほどではないが、心音が跳ねる。取り合わない態度は、殴られるより腹が立つ。
「は。さすが優等生。俺みたいな“鍵の子”は相手にしないってか?」
その言葉に、周囲がざわつく。レイは知っている。自分が恐れられていることも、噂で評価が決まることも。努力で見てもらえない世界に、うんざりしている。
だからこそ、名家の肩書きで称賛されるトウマを見ていると、噴き出すものがあった。
トウマは、ほんの一瞬だけ眉を動かした。だがすぐに表情を戻し、何も言わない。沈黙が、レイをさらに煽った。
そのときだった。
講堂の端のほうで、小型の灯具が弾ける音がした。ぱん、と乾いた破裂。光が散り、白い煙がふわっと広がる。誰かが手順を誤ったのだろう。
「うわっ!」
「目が……!」
混乱が広がる。見習いたちが咳き込み、目をこすり、周りが見えなくなる。押し合いへし合いになった瞬間、レイは誰かとぶつかった。
硬い金属音。胸元が引っ張られる感覚。
「っ……!」
レイとトウマが、真正面からぶつかっていた。互いの門章が絡み、鎖が引っかかって離れない。ほどこうとして手を伸ばすと、勢いで顔が近づく。煙のせいで距離感も狂う。
周囲から、笑い混じりの声が飛んだ。
「何やってんだよ!」
「仲良しかよ!」
レイの顔が一気に熱くなる。最悪だ。大恥だ。スズは硬直して固まり、リツは口元を押さえて笑いをこらえる。トウマは露骨に不機嫌になり、レイを睨んだ。
「離れろ」
「こっちの台詞だ!」
二人は乱暴に鎖をほどき、反対方向へ下がった。煙が薄れていく中で、レイの胸に“因縁”が固定されたのがわかった。もう後戻りできない。トウマは自分を嫌うだろうし、自分も簡単には引けない。
スズはトウマのほうを見ていた。憧れの人が不機嫌になるのを初めて見た、という顔だ。強い人の隣にいれば守られる――そんな考えが揺れているのが、レイにもわかった。完璧に見える強さの裏に、冷たさがある。それでも、目を離せない。
レイはその空気に噛みつきたくなった。強さだけで人を測る、あの感じ。肩書きで価値が決まる、あの感じ。
だからレイは、馬鹿なことを思いついた。
スズの気を引いてやろう。あいつらの“憧れ”を崩してやろう。ついでに、トウマに一泡吹かせてやろう。
レイは壁際に寄り、呼吸を整えた。
輪郭を少し変え、声の響きを寄せ、気配の出方を真似る。完全な変装ではない。だが遠目には、“トウマ風”に見える程度には近づける。レイは自分の門章の位置まで調整し、視線の角度までそれっぽくして、スズの近くへ行った。
「……お前、さっきの」
スズが振り向く。最初は目が輝きかけた。だが次の瞬間、眉が小さく動く。
「……あれ?」
レイは焦りを隠して続けようとする。だが、呼吸の間が合わない。トウマの呼吸は静かで一定だ。レイはそこまで整えきれない。言葉の選び方も違う。トウマは余計な言い回しをしない。レイはどうしても棘が混じる。
スズの違和感が強くなる。
「トウマ……くん、こんな言い方、しない」
その時、背後から本物のトウマが現れた。
「……何をしている」
声が低い。冷たい。レイは一瞬凍った。擬灯がバレる。次の瞬間、レイは咄嗟に擬灯を解き、影灯の膜をほどいて逃げた。
「ちっ……!」
周囲の視線が刺さる。笑い声、呆れ声、嫌悪。レイの評価は落ちるどころか、さらに“問題児”として固まっていく。レイの中の対抗心は、恥と怒りでむしろ増幅した。
やがて、係官が配属札を手に前へ出た。講堂に静けさが戻り、見習いたちは姿勢を正す。
班が読み上げられる。
名前が呼ばれるたび、誰かが息を呑み、誰かが肩を落とす。レイは内心で思っていた。せめてスズと同じ班がいい。そうすれば、さっきの失態を取り返せるかもしれない。何より、あの“憧れ”の空気を変えるチャンスがある。
だが同時に、最悪の名前も頭をよぎる。
そして――現実になった。
「第三班。レイ。トウマ。スズ」
レイの目が見開かれる。スズが小さく「えっ」と声を漏らす。トウマは表情を変えないが、空気だけがさらに冷たくなった。
係官は淡々と続けた。
「監督役、
名前だけが告げられる。姿は見えない。だが、その名の響きに、周囲の見習いが少しざわついた。上位門衛は、班を監督し、任務と訓練を与える現場指揮層。つまり、この三人はもう“個人”ではなく、一つの班として動くことになる。
指定された
レイは苛立ちを隠さず、靴音を強く鳴らす。スズは気まずそうに視線を彷徨わせ、時々レイとトウマの間を見ては口を開きかけて閉じる。トウマは淡々と規律姿勢で歩き、余計なことは一切言わない。
待機区画は、壁際に長椅子があり、灯具が一定間隔で吊られた小さな部屋だった。外の廊下から蒸気の音が響く。三人はそれぞれ別方向を向いて立ち、沈黙が落ちる。
監督役のカガリは、なかなか来ない。
時間だけが過ぎ、温度差がはっきり見えてくる。レイは足を揺らし、スズは手を握りしめ、トウマは呼吸すら乱さない。
「……こんな班で、やれんのかよ」
レイが吐き捨てるように言う。返事はない。沈黙が答えみたいだった。
そのとき、遠くから足音が近づいてきた。
規則正しい音ではない。重みがあり、迷いがなく、床の振動が伝わる足音。灯具の灯りが、ふっと揺れた。
三人が同時に顔を上げる。
扉の向こうに、影が落ちる。
――上位門衛カガリが、ようやく来る。
黒環の鍵 —蒼都を守る“開かずの少年”— 黒橋 連 @kurohashi
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