第22話 新時代

​ダビデの巨体が光の塵となって消え、塔の最上階に静寂が訪れた。

崩れかけた天井から、数十年ぶりに魔界の空が見える。血の色だった雲は晴れ、そこにはどこまでも深い群青色の夜空が広がっていた。

​「……終わったんだな」

​カイが力なく膝をつく。その右腕の黒い紋章は、ダビデの死によって活動を止めたかのように静まり返っていたが、どす黒い痣のような跡が、肘の先まで侵食していた。

​「カイ!」

セーラが真っ先に駆け寄り、彼の体を支える。その瞳には涙が溜まっていたが、唇を噛み締め、凛とした声で言った。

「動かないで。今、浄化の術をかけるから……。大丈夫、私が必ず消してあげる。この呪いも、全部」

​セーラの温かな光の魔力がカイの腕を包み込む。だが、どれほど魔力を注いでも、その痣が消えることはなかった。まるで、そこだけが世界の「空白」になってしまったかのように。

​「……悪いな、セーラ。ちょっと、手強いみたいだ」

カイは弱々しく笑い、彼女の頬を指で拭った。

​新たなる王と、後の七魔神

​その傍らで、ソルは一人、ダビデが座っていた玉座を見つめていた。

そこにはもう、恐怖も支配もない。ただ、冷たい石の椅子があるだけだ。

​「……ソル。何を呆然としてるの。早く座りなさいよ」

セーラが、カイを肩に貸しながら、少し強気な笑みを浮かべてソルを促した。

​「え? いや、僕が? ……そんなの、ガラじゃないよ」

「何言ってるんだ、ソル。俺たちをここまで連れてきたのは、お前のその『おめでたい理想』だろ。……お前が王にならなきゃ、俺たちの戦いはただの殺し合いで終わっちまう」

​カイの言葉に、後ろに控えていたルシアンやバルカン、マモンたちも静かに頷く。

ルシアンが、自身の剣を逆さに持ち、ソルの前に跪いた。

​「……貴様が、あの地獄から我らを救った。ならば、我らの命、貴様に預けるのが道理。……命じろ、新たな王よ」

​「……あはは。参ったな」

ソルは困ったように頭を掻き、ゆっくりと玉座へ歩み寄った。

彼が椅子に深く腰掛けた瞬間、塔全体が共鳴するように白銀の光を放つ。

​「――わかった。僕は、王になるよ。……でも、一つだけ約束して。僕が道を間違えそうになったら、その時は、君たちが僕を殴り飛ばしてくれ。……特にカイ、君の役目だよ」

​「……ああ、任せとけ」

二人の親友は、崩壊した玉座の間で、固い拳を交わし合った。

​祝祭の裏側で

​数日後。魔導王ソルの即位と魔界の解放を祝う声が街中に溢れる中、塔の医務室の一室で、カイは一人、窓の外を眺めていた。

右腕の疼きは止まらない。それどころか、時折、耳元でダビデの死に際の声が聞こえる気がした。

​『……いずれ、その右腕がすべてを飲み干す。……愛する女も、友も、生まれてくるはずの命さえも……』

​「……っ!」

カイが右腕を強く握りしめた時、扉が開いた。

​「カイ。……調子はどう?」

入ってきたのはセーラだった。彼女の手には、少し不格好に焼かれたパンとスープが乗ったトレイがある。

​「セーラ。ああ、すっかり元気だ。明日には訓練に戻れそうだよ」

「嘘ばっかり。まだ魔力の流れが不安定だわ。……ねえ、カイ。この戦いが落ち着いたら……二人で、あの森の奥にある古い教会へ行きましょう?」

​セーラの顔が、夕陽に照らされて赤らむ。

「そこで……ちゃんと、誓いを立てたいの。戦いのためじゃなくて、私たちのこれからのために」

​カイはその言葉の意味を理解し、一瞬、右腕の痣を隠すように袖を引いた。だが、すぐに柔らかな表情で彼女を引き寄せた。

「……ああ。約束だ。最高の結婚式にしようぜ」

アーク・ヴァローという運命が誕生するまで、あと、わずか数年。

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