第19話 暴走と暗躍

「……ガレス? その姿、一体どうしたんだ……!」

​アークが驚愕に目を見開く。目の前のガレスは、かつての清潔な純銀の鎧を黒い粘液のような魔力で侵食させ、その背中からは骨が突き出したような異形の翼が半分だけ生えかかっていた。

​「黙れ……黙れ黙れ黙れェ! 人間ごときが王の寵愛を受け、七魔神に囲まれるなど……許されるはずがないッ!!」

​ガレスが咆哮すると同時に、周囲の大気が凍りついた。いや、それは冷気ではない。イザベルが与えた「毒」が、彼の周囲の魔力から「生命」を奪い、死の空間へと変質させているのだ。

​「アッハハ! 見てよルシアン、あの三傑の孫。面白いことになってるじゃない!」

​強欲のマモンが金貨の絨毯の上でのけぞって笑う。隣で腕を組む傲慢のルシアンは、吐き捨てるように言った。

​「……ヴォルガノも焼きが回ったか。自らの血筋をあのような『汚物』に成り下げるとは。見ていられんな」

​魔神たちは誰一人として助けようとはしない。彼らにとって、三傑の孫が異形化しようが、それはただの「不快なノイズ」に過ぎなかった。

「死ねッ!!」

​ガレスが折れた杖の破片を突き出すと、そこからどす黒い水の刃が幾千と放たれた。アークは、なんとかその刃を回避するが、一筋掠めただけで肌が腐り落ちるような激痛が走る。

​「(……この魔力、森にいたあの教員と同じだ。ガレス、お前どうしちまったんだ!?)」

​アークは叫ぶが、正気を失ったガレスに言葉は届かない。アークは覚悟を決め、黄金の輝きを宿した拳をガレスの胸部へ叩き込んだ。

​「――『絶魔・圧壊(アッカイ)』!!」

​ドォォォォォンッ!!

衝撃波が吹き荒れ、ガレスの体から黒い霧が噴き出す。だが、ガレスは血を吐きながらも、不気味な笑みを浮かべてアークの腕を掴んだ。自らの命を薪(まき)にして、周囲を道連れにする自爆術式が発動しようとした、​ガレスの体が異様に膨張し、内部からドス黒い魔力の光が漏れ出す。

「(しまっ……!) 」

アークが腕を振り払おうとした瞬間、背後からあくびを噛み殺したような声が響いた。

​「――はいはい、そこまで。やりすぎだよ」

​パチン、と乾いた指の音が世界を支配した。

瞬間、ガレスを包んでいた暴走魔力も、自爆の術式も、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消えた。

​ガレスは白目を剥き、糸の切れた人形のように地面に転がる。

アークが呆然と立ち尽くす中、目の前には、いつの間にか銀髪を揺らした魔導王が立っていた。

​「……あーあ。アーク君にこんなに傷をつけちゃうなんて。三傑の息子への教育はどうなってるのかな?」

​その陽気な声とは裏腹に、魔導卿セル、そして七魔神たちの顔から一斉に血の気が引いた。

セルは音もなくその場に膝をつき、ルシアンは屈辱に唇を噛み切り、バルカンの周囲の地面は溢れ出す殺気でドロドロに溶け始める。

​校庭には、吐き気を催すほどの沈黙が流れた。

​ソルは、這いつくばるヴォルガノを一瞥した。

​「ヴォルガノ。君の血筋(ガレス)は、僕の手を煩わせるほどの不始末を犯した。……その意味、この場で説明する必要はないよね?」

​「……ッ!! 滅相も、ございません……!!」

ヴォルガノの額が石畳に叩きつけられる。

ソルはそれ以上彼を責めることすらせず、退屈そうに背を向けた。

​「アーク君、今日の『選別』はこれでおしまい。……後はシオンに任せるから。今の君には、まだ『早すぎる』かもしれないけどね」

​彼は意味深に笑うと、陽炎のように姿を消した。

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