第15話 魔導王バルバトス

「精錬学園の教員……!? 貴様、そこで何をしている! その死体の山はなんだ!」

​ガレスが叫び、魔導杖を構える。だが、死山の頂に座る教員は、どす黒く濁った瞳で二人を見下ろすだけだった。その体からは、魔力というより「虚無」に近い、悍ましい霧が溢れ出している。

​「……逃げろ、ガレス。あいつ、もう正気じゃない」

​アークの鋭い直感が告げていた。目の前の男は、すでに中身を何者かに喰い尽くされた「器」に過ぎない。

​「逃げるだと? 三傑の孫である私が、不浄の輩に背を向けるなど――」

​「――おしゃべりが過ぎますね。」

​教員が指先を弾いた。

瞬間、空間が爆発的に歪み、不可視の衝撃がガレスを襲う。

​「が、はっ……!?」

​最高級の防護魔法を展開する暇さえなかった。ガレスは木の葉のように吹き飛ばされ、巨木に叩きつけられる。彼が誇りとしていた魔導杖は、地面に落ちて無残に二つに折れた。

​「ガレス!!」

​アークが駆け寄ろうとした時、頭上の空が不自然に暗転した。

重苦しい圧。森全体の空気が、一瞬にして凝固する。

​「……あーあ。せっかくアーク君たちの頑張りをポップコーン食べながら見てようと思ったのに。台無しだよ」

​空中に、銀髪をラフに揺らした男が座っていた。

魔導王(ソル)だ。

本来、塔の頂上から降りることはないはずの王。その降臨に、死山の上の「器」が初めて恐怖に震え上がった。

​「魔、魔導王(ソル)……!? なぜ、ここに……!」

​「いやぁ、俺の庭(森)でコソコソしてる奴がいるって聞いてさ。ちょっと確認しに来ちゃった」

​ソルは空中を一歩、また一歩と、まるで見えない階段があるかのように降りてくる。その一歩ごとに、森を覆っていた汚染された霧が、「消滅」していく。

​「あ、アーク君。ガレス君を連れて下がってなよ。……これから、ちょっとだけ『魔導王』らしい仕事するから」

​ソルの口調は軽い。だが、その背後に控える魔導卿セル、そして空間を割って現れたルシアンやバルカンら七魔神たちの顔は、かつてないほど強張っていた。彼らは知っている。魔導王の恐ろしさを。

​「……さて、はじめようか。」

​ソルが、ただ、右手を静かにかざした。

​「――消えろ」

​魔法の言葉ですらない。それは、世界の理そのものへの命令。

次の瞬間、数千の魔獣も、教員も、汚染された森の深部すべてが、衝撃もなく、最初から存在しなかったかのように消え去った。

​アークは息を呑んだ。これが、魔界の頂点。

七魔神が跪き、震え上がる、絶対神の力。

​「……アーク。よく見ておけ」

いつの間にか隣に立っていたシオンが、静かに告げた。

「これこそが、いつかお前が塔を登り、たどり着かなければならない『孤独』の正体だ」

​ソルは消滅した空間を眺め、ふっと寂しげに笑うと、再びいつもの軽い調子に戻った。

​「あーあ、消しすぎちゃった! 帰ったらセルの小言が長いんだろうなー。アーク君、今の内緒ね!」

​王はウィンクをして、外套を翻した。

しかし、事態はこれで終わりではなかった。森の入口から、三つの巨大な魔力の波動が急速に接近してくる。

​「……お出ましだね。三傑(みんな)」

​ソルの瞳が、再び鋭い黄金色に光った。

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