第11話 昇給試験おわり

「――いくぞ、アーク」

​カインの声が低く響くと同時に、彼の纏う空気が一変した。

これまで「魔力を使っていない」と思っていたのは、アークの錯覚に過ぎなかったのだ。カインは魔力を外に放出するのではなく、一滴たりとも漏らさぬよう筋肉の奥底、細胞の一つ一つにまで「圧縮」して閉じ込めていた。

​「『魔力圧縮・全神経接続』。……君に、この速度は防げない」

​ドォォォォンッ!!

​爆発的な踏み込み。カインの姿が消えたのではない。視認できないほどの「速さ」に世界が置き去りにされたのだ。

​「ぐ、あぁッ!?」

​アークの肩、腹、太ももが、一瞬で切り裂かれた。

内側から燃えるような黄金の輝きを循環させて対抗するが、カインの細剣(レイピア)はアークの反射神経を遥かに凌駕する。

​「あはは! 凄い凄い! カイン、今の突きとか見えなかったよ! アーク、あと数センチずれてたら首飛んでたね。危なーい!」

​特等席で串焼きを振り回しながら、魔導王(ソル)が陽気に笑う。その隣で、魔神たちがそれぞれの反応を見せていた。

​「……目障りな。死に損ないの虫が這いずり回るのを見せられる身にもなっていただきたい、魔導王様」

ルシアンが冷ややかに吐き捨てると、アスモが鏡を弄びながら艶然と微笑む。

​「でも、あの子の瞳……やっぱりお母さんにそっくり。追い詰められればられるほど、綺麗な色になっていくわ」

​「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

​アークは膝をつき、血の混じった息を吐いた。

体の至る所が悲鳴を上げている。カインの剣筋は、アークの中にある「循環」のリズムを完璧に読み切り、その隙間を的確に突いてくるのだ。

​「カイン……あんた、本当に魔力を使ってないのか?」

​「……あたりまえだ。君は魔法を喰らい、力を得るが、それは借り物の強さに過ぎない。君自身の内側に、何を積み上げてきた?」

​カインの痛烈な問いがアークを貫く。

自分は今まで、奪うことでしか戦えなかった。魔法のない世界では、自分はただの無力な人間でしかないのか。


​(……くそ、どうしてだよ。ここまでやって勝てないのか!)

​アークは絶望しながらも最後の力を振り絞った。

体内に残っていた魔力の残り滓――。それを無理やり心臓へと叩き込む。

​「循環なんて、生温いこと……やってられるか!!」

​アークは「巡らせる」のを止めた。

代わりに、体中の血管を逆流させ、すべてのエネルギーを右拳一点に、強引に押し込めた。

「――『絶魔・圧壊(アッカイ)』!!」

​アークの右拳が空気を叩いた瞬間、大気が悲鳴を上げた。

体内に残っていた魔力の残り滓を循環させず、あえて逆流させて一点に「圧縮」し爆発させる。それは、アーク独自の覚醒だった。

​ドォォォォォォォォンッ!!

​魔力による衝撃波ではない。純粋な「圧力」の塊がカインを襲う。

カインの愛用していたレイピアは根元から粉々に砕け散り、その体は闘技場の外壁まで弾き飛ばされた。

​「……バカな……魔力のない私の動きを……力技で……」

​カインが膝をつき、力なく首を垂らす。

会場を支配したのは、耳が痛くなるほどの静寂だった。

​パチ、パチ、パチ。

​静寂を切り裂いたのは、特等席で串焼きを頬張っていた魔導王(ソル)の拍手だった。

​「ひゅ~! 最高! アーク君、君やっぱり天才じゃない?」

​ソルはふわりと宙に浮くと、そのままアークの目の前に降り立った。

無自覚な重圧。観客たちは一斉に平伏する。

​「おめでとう! 文句なしの勝利だ。……さて、審判。ランクはどうなるのかな?」

​「は、はひっ! え、ええと……Bランクのカインを撃破したため、特例として……アーク・ヴァローを『Bランク』へと昇級……!」

​「えー、Bランク? つまんないよ。ねえセル、もう『Aランクにして魔導王直属・遊撃騎士』にしちゃおうよ。僕、あの子ともっと遊びたいし」

​ソルは陽気に笑いながら、隣に立つ弟を振り返った。

魔導卿セルは、兄の奔放さに溜息をつき、冷徹に眼鏡を直した。

​「……兄上の御心のままに。ただし、学園の課程を修了していない者を完全に引き抜くのは秩序に反します。アーク・ヴァロー、お前をAランク、および『魔導王直属・見習い騎士』として登録する。基本は学園に在籍し、我らの招集がある時のみ任務に就け」

​「……あ、ランク飛び越して……直属……?」

​アークはボロボロの体で、呆然と聞き返した。

​「そう! これで君は、今日から僕の『お気に入り』ってわけ。良かったねアーク君! 最高の暇つぶしになったよ!」

​ソルの屈託のない笑顔。

傍らでは、七魔神の一人ルシアンが不機嫌そうに鼻を鳴らし、バルカンが黙ってアークを凝視している。

アークは、自分を囲む「世界の頂点」たちの視線に、勝利の喜びよりも先に「とんでもないことになった」という戦慄を覚えた。

​「……シオンさんの言ってた通りだ。魔導卿の試練って……これからが本番なんだ……」

​アークの意識は、そこでプツリと途絶えた。

少年の平穏な学園生活は、この日、名実ともに崩壊した。

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