第8話 カイン・アルヴァという男
シオンが去った後の闘技場には、湿り気を帯びたような沈黙が残っていた。
観客席の魔族たちは、もはやアークを「ただの無能な人間」として見ることはできなかった。魔導王の側近・シオンが自ら現れ、その後ろ盾であることを示したのだ。
「……父さんと、母さん…」
アークは、シオンが口にした名前を何度も心の中で繰り返した。
自分を襲ったバルドの異常な力、それを仕組んだという魔導卿(セル)の存在。そして、両親がかつてその中心にいたという事実。
頭の中はひどく混乱していたが、ただ一つ、確かな熱量だけが右腕に残っていた。
昇級戦の騒動から数時間後。学園の医務室で手当てを受けたアークは、一人で旧校舎へと向かっていた。だが、その背後に冷徹な足音が忍び寄る。
「……浮かれている暇はないぞ、人間」
振り返ると、そこには見慣れぬ制服を着た一人の魔族が立っていた。
魔導卿セル直属、学園の秩序を守る執行部の一員――カインだ。彼はバルドのような下劣な笑みは浮かべず、ただ氷のような無機質な瞳でアークを見据えていた。
「魔導卿セル・バルバトス様より、次なる『試練』の通達だ。……明日の第二試合、君の相手は私、カイン・アルヴァが務める」
カインが腰の細剣(レイピア)に手をかけた瞬間、アークの背筋に冷たい戦慄が走った。
魔力を感じない。いや、正確には「魔力を使おうとしていない」のだ。
「シオン様が君を助けたのは、君に価値があるからではない。……ただの同情に過ぎない。魔導卿様は、君が『魔力』を与えられずとも戦えるのか、お前が使えるか使えないか、その本質を求めておいでだ」
カインの言葉は、アークの最大の弱点を突いていた。
アークの強さは、相手が放つ魔力を吸い込むことで成立する。もし相手が魔力を使わず、純粋な武術のみで襲ってきたら――。
その頃、魔界の中枢ソルの塔頂上。
魔導卿セルは、手元の古びた懐中時計を見つめていた。その裏蓋には、かつて「塔」を目指した若き日の自分、ソル、シオン、そしてカイとセーラの姿が刻まれている。
「……シオンよ。お前の甘さが、あの少年を殺すことになるかもしれんぞ」
セルの呟きは、誰もいない執務室に虚しく響く。
彼は兄である魔導王(ソル)の背中を誰よりも近くで見てきた。
あまりに強大で、あまりに高貴。ゆえに、誰も隣に立つことができない絶対の孤独。
(兄上を救えるのは、あの男(カイ)の輝きを継ぐ者だけだ。……だが、今のままでは、その資格はない)
セルは敢えて、アークにとっての天敵である「魔力を使わない戦士」をぶつけた。
それは排除ではなく、アークが「自分の内側」から湧き上がる真の力を見つけられるかという、最果ての親愛を込めた過酷なテストだった。
翌朝。アークは再び円形闘技場の砂を踏んでいた。
対面に立つカインは、抜き放ったレイピアを静かに構える。魔力による加護を一切捨て、極限まで練り上げられた身体技法のみ。
「……シオンさんの力は借りられない。僕自身の力で……!」
アークが拳を握り込んだ瞬間、審判の声が響いた。
「――始めッ!!」
カインの姿が掻き消えた。魔法の光も、衝撃波もない。
ただ、冷たい鋼の感触だけが、一瞬でアークの喉元に迫っていた。
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