第7話 昇級試験
魔導王立学園、円形闘技場(コロシアム)。
数千の魔族生徒たちが発する熱気と怒号が、すり鉢状の会場に渦巻いていた。今日は年に一度の『昇級試験』。
アークは、選手待機室の薄暗い廊下で、自分の右拳を見つめていた。
(……循環。あの人の言った通りに……)
まだ自分のものではないが、それだけが今の唯一の支えだった。
「――次の試合。Gランク、アーク・ヴァロー。対、Cランク、バルド・グライム」
無機質なアナウンスが響く中、アークは闘技場の中央へ進んだ。観客席の魔族たちからは容赦のない嘲笑が降り注ぐが、アークはそれよりも、対戦相手のバルドが放つ異様なプレッシャーに冷や汗を流していた。
バルドの瞳は血走り、その体からはドロリとした黒ずんだ魔力が炎のように噴き出している。
「……あいつ、なんかおかしいぞ」
アークの直感が警鐘を鳴らす。だが、審判の声に猶予はなかった。
「――始めッ!!」
「オオアアアアアアッ!!」
バルドは言葉にもならない咆哮と共に地を蹴った。放たれたのは、中級魔法の域を遥かに超えた、純粋な魔力の質量兵器。炎を纏った巨大な衝撃波が、闘技場の石畳をひっくり返しながらアークへ迫る。
(……吸い込む! 全部、僕の血肉に変えてやる!)
アークはシオンに教わった通り、全身を弛緩させ、魔力を受け入れる体制をとった。
轟音と共に炎がアークを飲み込む。しかし、今回の熱量は異常だった。
「が、あぁ……ああっ……!!」
多すぎる。シオンに教わった「循環」の許容量を、バルドの暴走した魔力が一瞬で突き破ろうとしていた。血管が焼き切れそうな激痛。青白い光がアークの皮膚を割り、血と共に溢れ出す。
バルドはもはや理性を失い、自壊しながら周囲を破壊し尽くす怪物と化していた。
「死ねぇ! 人間がぁぁッ!!」
バルドの拳に凝縮された黒い熱線が、動けないアークの至近距離で膨れ上がる。
死が、アークの目の前まで迫ったその時。
「――そこまでだ」
低く、だがすべての魔力を平伏させるような通る声。
アークを飲み込もうとしていた暴虐なエネルギーが、その人物が手を一振りしただけで、まるで時間が止まったかのように凍りつき、霧散した。
アークが恐る恐る目を開けると、そこには、ずっと自分を導いてくれた「あの男」が背中を向けて立っていた。
深いフードは脱ぎ捨てられ、その肩には魔導王立学園の誰もがひれ伏すはずの、豪奢な白銀の外套を纏っている。
「……あんた、どうしてここに。危ないよ、逃げなきゃ……」
アークの言葉に、男はゆっくりと振り返った。
その瞳は、アークの知っているものではない。魔界の理を司る、峻厳(しゅんげん)なる者の目だ。
「……アーク。よく耐えたな」
「え……?」
男は静かに、だが会場全体に響き渡る声で告げた。
「我が名はシオン。魔導王唯一の側近、この世界の均衡を守るもの。……そして、かつてお前の父と母と共に塔の頂を目指した男だ」
場内が、凍りついたような静寂に包まれる。
「そんな……シオン様!?」「まさか....あのお方が、居らしておいでとは!?」
アークは混乱の中にいた。自分が教わっていたのが、魔導王(ソル)に近い、とんでもない雲の上の存在だったなんて。
シオンはアークの肩に手を置いた。その掌は、あの時と同じように温かい。
「魔導卿。……この少年の『査定』、これ以上は不要でしょう。この暴走した魔力を正面から受け止めたことこそが、彼が『カイとセーラ』の息子である証です」
シオンは塔を見つめ、見守っているであろう魔導卿セル・バルバトスを見据えた。
アークはただ、自分を助けてくれた男の背中を見つめ、初めて「父」という存在が、この魔界の歴史に深く刻まれていることを知った。
「……バルド・グライム。彼は魔導卿セル・バルバトスの手の者から、秘密裏に『薬』を処方されていた。魔力を強制的に暴走させ、出力を極限まで引き上げる禁忌の劇薬だ」「……薬? 魔導卿って人が、あいつを強くしたのか……?」
「そうだ。……そしてアーク、お前の父カイ、そして母セーラ。彼らもかつて、我らと共にこの過酷な魔界を歩んだ。魔導卿は、友の息子であるお前に、それ相応の覚悟を求めておられる」
「……父さんと……母さんのことを知ってるの?」
アークの問いに、男はすぐには答えなかった。ただ、一瞬だけ遠くを見るような目をし、再びアークへと振り返った。「今はまだ知らなくていい。その時がきたらいずれ話そう。もっと強くなれ、アーク。」この試合は終わりだ。……だが、魔導卿の試練はこれで終わらんぞ。お前がいつか、魔導王様(ソル)の孤独を知る資格があるかどうか……。我々はそれを見極める」
シオンはそれ以上何も語らず、翻した外套の影に消えるように立ち去った。
アークは震える手で、自分の胸を押さえた。
父カイと、母セーラ。魔導卿という恐ろしい人物。そして、魔導王。
バラバラだった断片が、少しずつひとつになろうとアークの運命に絡みつき始めていた。
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