第3話 喰らう
寮での初めての朝。アークは、胃のあたりに残る不快な重みで目を覚ました。
昨晩食べた魔力入りの食事――。魔族にとっては活力の源だが、魔力を溜める場所がないアークにとっては、消化できない石を詰め込まれたような違和感だけが残っていた。
アークはシャツを整え、銀色の『居住許可証(パス)』を首にかけた。魔導王からの招待状に同封されていたこのパスが、チリチリと微かに震えて周囲の瘴気を弾いている。
「……ゼファー先生、これがないと壊れるって言ってたな」
アークはパスを隠すようにシャツの襟を立て、本校舎へと向かった。
だが、本校舎へと続く渡り廊下で、行く手を遮られた。
「……おい、人間。止まれ」
三人の生徒が道を塞いでいた。中央に立つ男の手の甲には、『D』の紋章。男は、アークの胸元から漏れる銀色の輝きを、剥き出しの嫌悪感で見つめていた。
「魔力も持たない人間が、なぜそんな上等なパスを持っている。……それはお前には不釣り合いだ。身の程に合うゴミと交換してやろう」
「……これは僕のものだ。どいてくれ」
「断る権利があると思っているのか? 魔界は実力主義、強い奴が正義なんだよ」
男が右手をかざした。手の甲の紋章が脈動するように赤く輝く。
次の瞬間、男の指先から圧縮された熱線の魔法が放たれた。
「……っ!」
アークは反射的に両腕で顔を覆った。
避けられない。だがその瞬間、全身の肌が総毛立つような感覚に襲われた。
真空地帯に外気が流れ込むように。
アークの全身の毛穴が、迫りくる高密度の魔力を強引に引きずり込み始めたのだ。
「な……っ!?」
放たれた熱線が、アークの肌に触れた瞬間に形を失った。
炎の奔流はアークの腕に吸い込まれるようにして、音もなく消滅した。
「……っ、が、あぁ……ッ!!」
直後、アークの全身を激痛が走った。
「器」のない体に無理やり流し込まれた魔力が、逃げ場を失って筋肉や血管を内側から食い破らんばかりに暴れ回る。
「……貴様、今何を……。魔法を直接、吸い込んだのか……?」
男の顔から余裕が消える。
魔力で殴り、魔力で防ぐというルールが、目の前の人間に通用しなかった。
「……おい。朝っぱらから何やってんだ」
低く、酒焼けした声が響いた。
壁に寄りかかり、だらしなく酒瓶を掲げたゼファーが、いつの間にかそこに立っていた。
「ゼファー先生……。こいつ、不気味な真似を……!」
「不気味もクソもあるか。どこの世界に、生のエネルギーをそのまま皮膚から吸って自爆しかけてるマヌケがいるんだよ」
ゼファーは歩み寄ると、アークの首根っこを掴んで強引に立たせた。
アークの肌は赤黒く充血し、全身の神経が過負荷で痙攣している。
「器を持たねぇガキがDランクの奴の火力をそのまま飲み込みゃ、そうなるわな。……ついてこい、小僧。そのままじゃ、内側から消し炭になるぞ」
ゼファーは生徒たちを無視し、アークを引きずるようにして旧校舎へと連れ去った。
後に残された生徒たちは、自分たちの「魔力」を物理的に吸い尽くした人間の背中を、ただ震えながら見送るしかなかった。
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