第2話 出会い

​「……ここが、僕の教室?」

​案内されたのは、豪華な本校舎から切り離された、崖っぷちの旧校舎。

周囲を漂う『瘴魔力』は本校舎より遥かに濃い。アークの胸元で輝く銀色の『居住許可証(パス)』が、時折チリチリと熱を帯びて周囲の毒を弾いている。魔導王からの招待状に同封されていたこのパスがなければ、今頃意識を失っていただろう。

​扉を開けると、黒板の前に置かれたソファに、だらしなく横たわる男がいた。

​「……あァ? 誰だ、お前」

​ゼファーは、手に持った古文書で顔を隠したまま、気だるそうに声を出す。

​「新入生のアーク・ヴァローです。ここへ行くように指示されました」

​「指示、ねぇ……。ヴォルガノのジジイも性格が悪い。よりによって、俺の昼寝の時間に人間を送り込んでくるとはな」

​ゼファーは顔から本を退け、アークをじろりと見た。その瞳にはやる気が微塵も感じられないが、アークは背筋が凍るような威圧感を感じた。

​「あの、さっき講堂で……学園長が『魔力がない』とか『Gランク』とか言ってたんですけど、僕、どうすればいいんですか?」

​「どうもこうもねぇよ。お前には魔力を溜める『器』がない。代わりに、周囲の魔力を無差別に吸い込む『穴』が開いてるだけだ。魔力を出す蛇口がないのに、吸い込むだけのバケツを持ってるようなもんだな」

​ゼファーは欠伸をしながら、アークが握りしめている王印付きのパスを指差した。

​「今はその王印のパスが、お前の穴に蓋(ふた)をして、外の魔力が流れ込まないように守ってくれてる。……だが、それもいつまで持つかな」

​「蓋……? じゃあ、これがないと僕はどうなるんですか?」

​「さあな。内側からパンクするか、魔力不足で干からびるか。……ま、好きな方を選べ。俺は寝る」

​ゼファーはそれ以上会話を続ける気がないのか、再び本を顔に乗せた。

​「……あの、授業は?」

​「授業? そんなもんねぇよ。ここは『魔導王の気まぐれ』で入れた客人を、卒業まで腐らせておくための掃き溜めだ。適当に飯食って寝てろ。……鍵はそこらへんに落ちてる、勝手に拾え」

​投げやりな態度のゼファー。アークは呆然としながらも、床に落ちていた「第九学外寮」と書かれた鍵を拾い上げた。

​アークが辿り着いたのは、今にも崩れそうな木造の寮だったが、中は意外にも整頓されていた。

食堂へ行くと、数人の生徒が夕食を囲んでいる。

​「お、新入りか? しかも噂の人間じゃん」

​銀色の髪の少年キースが、パスタのようなものを口に運びながら片手を上げた。

​「……アーク・ヴァローです。食事って、普通に食べていいの?」

​「ああ。味はまあ普通だよ。ただ、この学園の食材は全部魔力を含んでるからな。……魔力がないお前が食うと、ちょっとお腹がびっくりするかもな」

​出されたのは、見た目は至って普通のトマトパスタ。だが、一口食べると体の奥がカッと熱くなるような、奇妙な感覚が走った。

​「……不味くない。けど、なんだか体が騒がしい感じがする」

​「ハハハ! それが『魔力を喰う』感覚だよ。慣れるまで大変だぜ」

​キースは笑いながら、食堂の隅で一人、静かにパンを齧っている少女を指差した。

「あそこにいるリナは、魔力が多すぎて食欲がないらしいし、魔界ってのは上手くいかないよな」

​アークは自分の胸元のパスに触れた。

このパスをくれた魔導王は、何を思って自分をここへ呼んだのか。

そしてゼファーが言った、自分の中にある『穴』とは何なのか。

​何もかもが分からないまま、アークの学園生活が始まっていった。

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