第4話 『総力戦と、降伏のつもりの真空波』
商業都市ベルンの裏社会を牛耳る犯罪組織「赤サソリ団」。
そのアジトである地下酒場は、怒号と殺気に包まれていた。
「ふざけるな! 『五本指』が全滅だと!?」
ドンの座に座る男、ゴズがテーブルを拳で叩き割った。
彼は元Sランク冒険者であり、この街で最も恐れられている男だ。
その彼が手塩にかけて育てた精鋭暗殺部隊が、たった一人の男に壊滅させられたという報告は、彼のプライドをズタズタに引き裂いた。
「ゴロン商会の『黄金の悪魔』……。金貨を弾丸のように放ち、魔法を跳ね返す化け物だと?」
部下が震えながら報告する。
「は、はい。奴は不気味なほど無口で、こちらの動きをすべて予知していました。あれは人間ではありません!」
ゴズは葉巻を噛み砕いた。
「面白い。ならば戦争だ。この街で赤サソリに喧嘩を売った代償、たっぷりと払わせてやる」
ゴズは立ち上がり、吼えた。
「野郎ども、全員集めろ! 100人だ! 今夜、ゴロン商会の屋敷を襲撃し、その『悪魔』ごと根絶やしにする!」
「「「オオオオオッ!!」」」
地下酒場が、殺気に満ちた歓声で揺れた。
一方、その頃。
ゴロン商会の屋敷では、タロウが涙目で荷造りをしていた。
「もう無理だ。絶対に無理だ」
昨夜の騒ぎで、僕は完全にこの街の裏社会から目をつけられてしまった。
『黄金の悪魔』なんて二つ名がついた時点で、平穏な生活は終了だ。
これ以上ここにいたら、今度こそ殺される。
「ドモン会長には悪いけど、夜逃げさせてもらおう。前金でもらった金貨は……まあ、治療費ということで許してほしい」
僕は灰色のローブを深く被り、足音を忍ばせて部屋を出た。
正面玄関は警備が厳しい。
狙うは裏口、使用人用の通用門だ。
あそこなら警備も薄いし、路地裏に直結している。
「よし、誰もいない」
『隠密歩行』スキルのおかげで、誰にも気づかれずに裏庭を抜けることができた。
通用門の前に立つ。
この扉を開ければ、自由だ。
次はもっと田舎の、名前もないような村に行こう。そこで畑を耕して暮らすんだ。
僕は希望に胸を膨らませ、勢いよく扉を開け放った。
「さらば、ベルン!」
ガチャッ。
扉が開く。
そこには、松明を手にした100人の強面(こわもて)たちが、びっしりと路地を埋め尽くしていた。
「……あ」
先頭に立つのは、顔に大きな傷のある巨漢、ボス・ゴズだ。
彼と、僕の目が合った。
数秒の沈黙。
(え? なにこれ? お祭り? いや、武器持ってる。殺気すごい。これってまさか……)
タロウの脳内処理が追いつかず、フリーズする。
しかし、ゴズの目には、それは全く別の光景として映っていた。
(……何!?)
ゴズは戦慄した。
自分たちは今、まさに奇襲をかけようとしていたのだ。
足音も消し、気配も殺し、完全に虚をつくタイミングでの突入だったはずだ。
それなのに、この男は。
まるで「客人を迎える」かのように、タイミングを見計らって扉を開けた。
しかも、荷物(旅支度)をまとめている。
(こいつ……俺たちが来ることを予知していたのか!? しかも、『いつでも逃げられるが、あえて相手をしてやる』という余裕の旅装束……!)
ゴズの額に冷や汗が流れる。
タロウは固まっていただけだが、ゴズにはそれが「不動の構え」に見えた。
「……ようこそ。『黄金の悪魔』」
ゴズが低い声で唸る。
「俺たちの奇襲を読んで待ち構えるとはな。だが、多勢に無勢だ。いくら貴様でも、100人の手練れを相手にはできまい!」
「か、囲まれてる……!」
タロウはようやく状況を理解した。
終わった。完全に包囲されている。
逃げ場はない。
後ろの屋敷に逃げ込んでも、火を放たれたら終わりだ。
(どうしよう、どうしよう! 殺される!)
パニックになったタロウの頭に、一つの名案(迷案)が浮かんだ。
『降伏』だ。
そうだ、降伏してしまおう。
「僕はただの用心棒です、金で雇われただけです、もう辞めます」と言って、白旗を上げれば見逃してくれるかもしれない。
タロウは懐から、白いハンカチを取り出した。
そして、それを頭上で大きく振ろうとした。
「ま、参りましたぁぁぁぁ!!」
タロウは絶叫しながら、全力でハンカチを振り回した。
だが、忘れてはいけない。
彼は極度のパニック状態であり、そして『剣神の加護』持ちである。
「参りました」という命乞いは、恐怖で喉が締まり、音にならない高周波の叫びとなって消えた。
そして、全力で振られたハンカチは。
ヒュンッ!!
布切れとは思えない風切り音を生んだ。
加護によって耐久力が強化されたハンカチは、音速を超えて空気を切り裂く。
その衝撃波は、巨大なカマイタチとなって前方へ放たれた。
「なっ!?」
ゴズが目を見開く。
タロウが白い布(ハンカチ)を取り出した瞬間、ゴズはそれを「何かの合図」か「魔道具」だと警戒した。
しかし、現実はもっと理不尽だった。
白い布が振られた瞬間、路地裏に竜巻が発生したのだ。
ズババババババッ!!
「ぐわぁぁぁぁ!!」
「風がっ! 鎌のような風がぁぁ!!」
最前列にいた数十人の部下たちが、目に見えない衝撃波によって吹き飛ばされた。
武器が折れ、鎧が裂け、彼らは木の葉のように舞い上がり、後方の部下たちを巻き込んでドミノ倒しにしていく。
路地の両側の壁には、深い亀裂が刻まれていた。
「……は?」
タロウは呆然と立ち尽くしていた。
手に持ったハンカチは、摩擦熱でボロボロになり、煙を上げている。
目の前の100人の軍団は、中央がくり抜かれたように壊滅していた。
立っているのは、後方にいたボス・ゴズと、数人の側近だけだ。
「ば、馬鹿な……」
ゴズは膝が震えるのを止められなかった。
(布切れ一枚だぞ!? たった一枚の布を振っただけで、俺の精鋭部隊の半分を戦闘不能にしたというのか!?)
剣ですらない。
ただの布切れすら、この男の手にかかれば戦略兵器となる。
ゴズの脳裏に、ある噂がよぎった。
隣国ウル・タロン帝国には、剣の極致に至り、万物を剣となす『剣帝』が存在すると。
(まさか、こいつが……!?)
タロウは涙目だった。
(なんで!? ハンカチ振っただけなのに! なんでみんな飛んでったの!?)
もう訳がわからない。
とりあえず、目の前の怖そうなボスがまだ残っている。
彼が怒って襲ってきたら、今度こそおしまいだ。
タロウは、ボロボロになったハンカチを捨て、必死に取り繕った。
「あ、あの……ごめんなさい……?」
小さく、震える声で謝罪した。
しかし、ゴズにはその言葉が死刑宣告に聞こえた。
「……『ごめんなさい(手加減を間違えた)』だと?」
ゴズが解釈する。
これだけの被害を出しておいて、まるで子供に謝るかのような軽さ。
それはつまり、「お前たちは敵ですらない」「虫を払うつもりだったが、強く払いすぎてしまった」という、圧倒的強者からの慈悲(侮蔑)だ。
カラン……。
ゴズの手から、愛用の戦斧が滑り落ちた。
「……勝てん」
ゴズはその場に膝をついた。
「俺の負けだ。……殺せ」
「えっ?」
「100人の軍勢を前に、武器すら抜かず、布切れ一枚で制圧する……。その神域の技、見事という他ない。赤サソリ団は、今日をもって解散する」
ゴズが頭を垂れると、残っていた側近たちも一斉に武器を捨てて平伏した。
「「「参りました!!」」」
路地裏に、男たちの敗北宣言が響き渡る。
タロウは困惑していた。
謝ったら許してくれた? しかも解散するって言ってる?
よくわからないが、助かったようだ。
「あ、うん……。じゃあ、もう悪いことしちゃ駄目だよ?」
タロウは精一杯の強がり(先生みたいな台詞)を言って、その場を去ろうとした。
「はっ! 肝に銘じます!」
ゴズたちは、去りゆくタロウの背中に最敬礼を送った。
その背中は、相変わらず猫背で震えていたが、彼らには「王者の背中」に見えていた。
翌朝。
商業都市ベルンに激震が走った。
裏社会の最大勢力「赤サソリ団」が、たった一晩で壊滅したというニュースだ。
しかも、それを成し遂げたのは、ゴロン商会の用心棒である「灰色のローブの男」。
噂には尾ひれがつき、背びれがついた。
「聞いたか? 奴は100人の暗殺者を、あくびをしながら吹き飛ばしたらしいぞ」
「武器は使わず、手にしたハンカチで嵐を起こしたそうだ」
「あれは絶対に、ウル・タロン帝国の『皇族』に伝わる秘剣技だ……」
ゴロン商会の屋敷では、ドモン会長が満面の笑みでタロウを迎えていた。
「素晴らしい! まさか一夜にして組織ごと潰してしまうとは! 君は我が商会の救世主だ!」
「いや、僕はただ夜逃げしようとして……」
「なんと謙虚な! 『逃げるふり』をして敵をおびき寄せ、一網打尽にする作戦だったとは!」
ミナも目を輝かせている。
「タロウ様……やはり貴方は、伝説の英雄です!」
タロウは遠い目をした。
逃げられない。
英雄扱いされるたびに、逃げ道が塞がれていく。
そして、この噂はついに、都市の外にまで漏れ出そうとしていた。
帝国の「本物」たちが、この異常事態に気づかないはずがないのだ。
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『ビビりの最強剣士は、平穏に暮らしたい。〜勘違いで隣国の皇子にされた俺、動くたびに伝説になっていく〜』 リコウ @rikou2990
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