第3話 『深夜の襲撃と、震えるお財布外交』
ゴロン商会の屋敷に招かれたその夜。
僕、タロウに与えられた部屋は、最高級の客室……ではなく、なぜか屋敷の裏手にある「資材倉庫の前」だった。
「タロウ殿。ここは我が商会の心臓部、希少な魔石や美術品が眠る倉庫だ。ここを最強の貴殿に守っていただきたい」
ドモン会長はそう言って、僕の肩を叩いた。
ふざけるな。
僕は「一番安全な部屋」を希望したはずだ。「壁が厚くて、外から入りにくい場所がいい」と。
それをドモン会長は「敵の狙い(宝物庫)を読み切り、そこで待ち伏せるとは流石だ」と解釈し、最前線に配置しやがったのだ。
「帰りたい……」
深夜。
月明かりだけが照らす中、僕はパイプ椅子(に似た木製の椅子)に座り、ガタガタと震えていた。
背中の黒い剣が重い。
もし敵が来たらどうしよう。
そうだ、お金だ。
昼間にドモン会長から「前金」として渡された、ずっしりと重い金貨の入った革袋。
これを敵に渡して、「これで見逃してください」と土下座しよう。そうしよう。
僕は懐の革袋を握りしめ、シミュレーションを繰り返した。
敵が出る → 金を出す → 土下座 → 逃走。完璧だ。
ザッ……。
その時、風に乗って微かな足音が聞こえた。
来た。
屋敷の塀を乗り越え、黒ずくめの集団が音もなく着地する。
その数、五人。
全員が手練れの空気を漂わせている。
犯罪組織「赤サソリ団」の精鋭暗殺部隊だ。
「……情報通りだ。倉庫の前に見張りが一人」
「フン、貧弱そうな男だ。あんなのを切り札として雇ったのか?」
リーダー格の男が、歪んだ笑みを浮かべてナイフを舐める。
僕は恐怖で声が出なかった。
心臓が口から飛び出しそうだ。
(ひぃぃぃ! 殺し屋だ! 本物の殺し屋だ!)
「おい、そこの兄ちゃん。痛い目にあいたくなきゃ失せな」
リーダーが親切にも警告してくれた。
チャンスだ!
僕はすかさず立ち上がり、用意していた作戦を実行に移した。
すなわち、「金貨の入った袋を差し出し、命乞いをする」。
「あ、あげます!!」
僕は叫びながら、懐から革袋を取り出し、勢いよく彼らに向かって突き出した。
「これを持って帰ってください!」という意味を込めて。
しかし。
僕の『剣神の加護』は、この時も余計な仕事をした。
極度のパニック状態で全力で腕を振った結果、その動作は音速を超え、衝撃波を生んだのだ。
シュゴォォォォォン!!
僕の手から離れた革袋は、もはや「財布」ではなかった。
それは質量を持った砲弾となり、空気を引き裂いてリーダーの顔面へと直撃した。
「ぶべらっ!!?」
リーダーの顔面が歪む。
金貨袋は彼の鼻柱を粉砕し、さらにその背後にいた部下二人をも巻き込んで吹き飛ばした。
三人の男たちは、まるでボウリングのピンのように回転しながら倉庫の壁に激突し、白目を剥いて沈黙した。
バシャァッ……。
破れた革袋から、大量の金貨がキラキラと宙を舞い、地面に降り注ぐ。
残された二人の暗殺者が、あんぐりと口を開けて立ち尽くしていた。
僕も呆然としていた。
(あ……ああっ! 僕の大事な逃走資金が!!)
僕が頭を抱えて絶望していると、残った暗殺者の一人が震える声で叫んだ。
「き、貴様……何をした……?」
「え?」
「金貨袋を……投擲武器として使ったのか!? しかも、あの一撃でリーダーの『対衝撃魔法障壁』をぶち破りやがった!」
違う、ただ渡そうとしただけだ。
もう一人の暗殺者が、地面に散らばる金貨を見て戦慄する。
「なんて野郎だ……。金貨をばら撒くことで、『貴様らの命など、この端金(はしたがね)以下だ』と言いたいのか!?」
「そ、そこまでの侮蔑を……!」
違う。拾ってほしい。なんなら今すぐ拾い集めたい。
僕は涙目で、散らばった金貨に手を伸ばそうと一歩踏み出した。
「ひっ!」
暗殺者たちがビクッとして後ずさる。
「く、来るな! 化け物め!」
「おい、あいつの構えを見ろ! 隙だらけに見えるが、どこからでも迎撃できる『無形の位』だ!」
僕はお腹が痛くて前屈みになっていただけだ。
「くそっ、物理攻撃が効く相手じゃねぇ! 魔法だ! 魔法で焼き尽くせ!」
残った二人が、同時に杖と魔導書を構える。
詠唱が始まる。
炎の球が二つ、僕の目の前に生成される。
(うわぁぁぁ! 魔法だ! 熱い! 死ぬ!)
僕はパニックになり、とっさに目の前の金貨を守ろうとした。
この金貨は僕の命綱だ。燃やされてたまるか。
僕は地面に落ちていた「資材搬入用の平たい鉄板」を拾い上げ、盾にするように掲げた。
「やめろぉぉぉぉ!!」
ドォォォォン!!
二つの火球が鉄板に着弾する。
普通なら鉄板ごと溶解するところだが、僕の手にある武器(鉄板)には『剣神の加護』が付与される。
鉄板は「伝説の盾(イージス)」並みの強度を発揮し、炎を完全に弾き返した。
それどころか、反射した炎が数倍に膨れ上がり、術者である二人へと逆流した。
「ぎゃああああああ!!」
「自分の魔法が……跳ね返されたぁぁ!?」
二人の暗殺者は、自らの炎に焼かれ、黒焦げのアフロヘアになって倒れた。
シーン……。
静寂が戻る。
僕は黒焦げになった鉄板を持ったまま、立ち尽くしていた。
目の前には、のびている五人の暗殺者たち。
「……うそでしょ?」
僕は泣きそうだった。
金貨は散らばるし、鉄板は熱いし、焦げ臭いし。
こんなはずじゃなかった。
「タロウ様ーーッ!!」
そこへ、騒ぎを聞きつけたミナと、商会の私兵団が駆けつけてきた。
彼らが見たのは、壊滅した最強の暗殺部隊と、黄金の雨(散らばった金貨)の中に佇むタロウの姿だった。
「こ、これは……赤サソリ団の精鋭部隊『五本指』!?」
私兵団の隊長が驚愕の声を上げる。
「こいつらは一人一人がAランク冒険者並みの強さだぞ……それを、たった一人で、しかも無傷で!?」
ミナが駆け寄り、散らばる金貨を見て目を潤ませる。
「タロウ様……。貴方は、ご自分の報酬として渡した金貨を、囮(おとり)として使われたのですね?」
「敵の油断を誘うために、大事な報酬を惜しげもなく投げ捨てる……。なんて……なんて商売人泣かせの戦い方なの!」
「あ、いや、これは……」
「父にも報告します! タロウ様は、富や名声よりも、私たちの安全を第一に考えてくださる『真の騎士』だと!」
ミナは僕の手を握りしめ、キラキラした瞳で見つめてくる。
違う。金貨は後で全部拾うつもりだ。一まいくらいポケットに入れたりしてないか、倒れてる彼らの服を探りたいくらいだ。
しかし、そんな僕の卑しい内心は露知らず、隊長が敬礼した。
「タロウ殿! 貴殿の強さ、底が知れません! これで赤サソリ団も、うかつには手を出せなくなるでしょう!」
その言葉通り、翌日から「ゴロン商会には、金貨を弾丸のように放ち、魔法を無効化する『黄金の悪魔』がいる」という噂が裏社会を駆け巡ることになった。
僕の異名がまた一つ増えた。
『黄金の悪魔』。
全然かっこよくないし、強盗に狙われそうな名前だ。
「(家に帰りたい……)」
僕の切実な願いとは裏腹に、赤サソリ団のボスは、この報告を聞いて激怒し、さらなる刺客――いや、組織総出での「戦争」を仕掛けようとしていた。
僕の平穏な日々は、もはや絶望的だった。
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