3話 刻戻しの秘薬

 アルトは受け取り、倒れた仲間たちのもとへ歩いた。

 副長のガレスは、まだ意識がない。他の仲間たちも同様だ。傷は深く、普通の回復魔法では完治までに何日もかかるだろう。

 アルトは瓶を握りしめ、床に叩きつけた。

 ガラスが砕け、金色の液体が霧のように広がった。


「……っ!」


 次の瞬間、信じられない光景が目の前で起きた。

 仲間たちの傷が、消えていく。

 いや、消えるのではない。傷そのものが、最初からなかったかのように「戻っている」。

 切り裂かれた鎧が元通りになり、流れた血が消え、青ざめた顔に血色が戻る。

 数秒後、仲間たちは傷一つない状態で横たわっていた。まだ意識はないが、呼吸は安定している。


「……すごい」


 アルトは呆然と呟いた。


「本当に、時間が戻った」


「深淵魔導の力よ。時を止め、因果を改変し、世界の法則すら無効化する」


 サラサラはアルトの隣に立った。


「この薬を作れるのは、学園長だけ。あの方は、深淵魔導を極めた存在。私たちとは、次元が違う」


 アルトは自分の手を見つめた。

 今、目の前で起きたことは、アルトの常識を遥かに超えていた。

 時間を、巻き戻す。

 そんな力が、本当に存在する。

 そして、それを学べる場所がある。


「……学園では、これを教えているのか」


「ええ。深淵魔導を学べば、あなたもいずれ、この領域に到達できるかもしれない」


 アルトの心臓が、激しく鼓動した。

 ずっと、成長の壁にぶつかっていた。どれだけ努力しても、天井が見えない焦燥感があった。

 だが、今、その天井の遥か上に、新しい世界が広がっているのを知った。

 時間を支配する力。因果を書き換える力。世界の法則を超える力。

 それを、手に入れられるかもしれない。


「俺も……あの境地に、行けるのか」


「それは、あなた次第よ」


 サラサラはコートの内側から、一枚の羊皮紙を取り出した。

 古びた紙には、複雑な魔法陣と、いくつかの文字が記されている。


「これが入学許可証。1週間後の早朝、この紙を手に王都の北門に立てば、迎えが来るわ」


「……」


「ただし、学園では結果が全て。落第者は『雑魚』の烙印を押され、一生消えない恥を背負うことになる」


 一生消えない『雑魚』の烙印。厳しいペナルティだ。

 だが、アルトの目に迷いはなかった。

 さっき見た光景が、まだ脳裏に焼きついている。


「今すぐ決めなくていいわ。1週間あるもの、ゆっくり考えて」


 サラサラは羊皮紙をアルトの手に押し付けた。


「来るも来ないも、あなたの自由。でも、あなたほどの実力者なら……来る価値はあると思う」


 そう言って踵を返し、ロビーの出口へ向かう。

 その背中に、アルトは声をかけた。


「さっきの戦い、楽しかった。久しぶりに、心が震えた」


 アルトの正直な感想だった。

 サラサラは振り返らなかった。


「1週間後、待ってるわ」


 それだけ言い残して、サラサラは去っていった。

 アルトは羊皮紙を見つめた。

 手が、震えている。

 恐怖ではない。期待だ。

 時間を超える力。それを手に入れられる場所が、ここにある。


「……行くしかないだろ」


 小さく呟く。

 答えは、もう決まっていた。


       *


 夜になって、倒れていた仲間たちは全員が意識を取り戻した。

 命に別状はない。


「すまなかった、アルト……俺たちが不甲斐ないばかりに……」


 副長のガレスが、ベッドの上で頭を下げる。


「気にしないでくれ。あの子は規格外だった。誰が相手でも同じ結果だったさ」


「しかし……」


「それより、俺から話がある」


 アルトは仲間たちを見回した。

 ロビーに集まった『泡沫の夢』の冒険者たち。彼らの目が、アルトに注がれている。


「俺は、王立ピアレス学園に入学することにした」


 静寂が広がった。

 誰もが、その名前を知っていた。伝説としてのみ語られてきた、幻の学び舎。


「……本気か、アルト」


 ガレスが低い声で問う。


「ああ。本気だ」


「だが、あそこは……落第すれば、烙印を押されると聞く。お前ほどの実力者が、わざわざ危険を冒す必要があるのか?」


 アルトは静かに首を振った。


「俺は、今の自分に満足していない」


「何を言って……お前は最強だろう。誰もお前に勝てない」


「最強かどうかは知らない。でも、俺はまだ強くなれる。そう信じている」


 アルトは窓の外を見た。

 夜空には星が瞬いている。その遥か彼方に、まだ見ぬ世界があるような気がした。


「俺を育ててくれた師匠が、最後に言ったんだ。『本当の強さは、まだお前の知らない場所にある』って」


「……」


「その場所が、学園なのかもしれない。だから、俺は行く。もっと強くならないといけないから」


 仲間たちは、しばらく黙っていた。

 やがて、ガレスが口を開く。


「……お前らしいな、アルト」


「ガレスさん……」


「昔から、お前はそうだった。誰よりも努力して、誰よりも上を目指して。あの頃のEランクが、今や最強の冒険者だ」


 ガレスは立ち上がり、アルトの肩を叩いた。


「行ってこい。そして、もっと強くなって帰ってこい」


「……ありがとう」


「おい、俺たちからも一言言わせろ!」


 ベルクが声を上げる。


「俺たち、お前がいなくなったら寂しいけどよ……でも、応援してるからな!」


「アルトさん、頑張ってください!」


「必ず戻ってきてね!」


 仲間たちの声が、次々と上がる。

 アルトは、その温かさに胸が熱くなった。


「みんな……ありがとう。必ず、強くなって戻ってくる」


 深々と頭を下げる。

 顔を上げた時、アルトの瞳には力を求める決意が映っていた。


       *


 その夜、アルトは自室のベッドに腰を下ろした。

 窓の外には、満天の星空が広がっている。


 深淵魔導。

 それを学べば、今の自分を超えられるかもしれない。


 アルトは服を脱ぎ、胸元に手を当てた。

 そこには、一筋の傷跡がある。

 【不死鳥】でも消えなかった、唯一の傷。


 あの日のことを、忘れたことはない。

 全てのスキルを使っても、倒しきれなかった相手。

 いつか必ず、決着をつけなければならない。


 アルトは傷跡から手を離し、窓の外を見た。

 星が瞬いている。あの夜も、こんな空だった。


「……待ってろ」


 誰に言うでもなく、呟いた。

 深淵魔導を習得する。もっと強くなる。

 そして、次こそは。

 アルトは目を閉じ、静かに眠りについた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 18:00 予定は変更される可能性があります

成り上がりきった大陸最強、さらなる高みを目指して化け物だらけの学園に入学します 筆ノ助 @Fudenosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ