2話 絶命の刃サラサラ

 何事かと目を開けた瞬間、部屋の扉が蹴破られた。


「アルトさん! 大変です!」


 血相を変えて飛び込んできたのは、ギルドの若手冒険者だった。全身に傷を負い、鎧の一部が溶けている。


「落ち着け。何があった」


「ロビーに、謎の侵入者が……! 副長たちが迎撃に出ましたが、全員やられました……!」


 アルトの表情が引き締まる。

 副長のガレスは、このギルドで自分に次ぐ実力者だ。その彼が「やられた」だと?


「わかった。みんなを避難させろ。俺が行く」


「は、はい……! お気をつけて……!」


 アルトは窓を蹴破り、外へ飛び出した。

 5階から地面へ、一気に降下する。着地の衝撃を膝で殺し、正面玄関へ走った。


 ロビーに入った瞬間、アルトは足を止めた。

 広大な空間が、惨状と化していた。

 壁には亀裂が走り、床は抉れ、柱の何本かは根元から折れている。そしてその中央に、ギルドの精鋭たちが折り重なるようにして倒れていた。


 副長のガレス、Aランク冒険者のベルク、同じくAランクのミレーヌ――。

 全員が意識を失い、微動だにしない。


 そして、その惨状の中心に、一人の少女が立っていた。

 銀髪に、紅い瞳。黒いコートを纏い、背中には大剣を背負っている。年齢は10代後半か。整った顔立ちだが、その表情には一切の感情が浮かんでいない。

 彼女の周囲だけ、空気が歪んでいるように見えた。

 とてつもない威圧感。アルトは思わず息を呑んだ。


「……何者だ」


 アルトが問うと、少女は初めてこちらを見た。

 紅い瞳がアルトを捉える。品定めするような、値踏みするような視線だった。


「あなたが、『泡沫のアルト』?」


 低く、抑揚のない声だった。


「そうだ。お前は誰だ。なぜ仲間を傷つけた」


「傷つけた? 違うわ。試しただけ」


 少女は倒れた冒険者たちを一瞥する。


「大陸最上位ギルドと聞いていたから、少しは期待したのだけれど……この程度だったなんて興ざめね」


 その言葉に、アルトの目が細くなる。

 怒りではない。目の前の少女の実力を、冷静に分析していた。

 副長のガレスは、Sランクモンスターと単独で戦える実力者だ。それを「この程度」と言い切る少女。しかも、彼女自身はほぼ無傷に見える。

 格が違う。

 アルトの直感が、そう告げていた。


「……お前、強いな」


「当然よ。私は王立ピアレス学園の使者。『絶命の刃』サラサラ」


 王立ピアレス学園。

 その名前を聞いた瞬間、アルトの瞳に光が宿った。


「ピアレス学園……本当にあるのか」


「ええ。真の強者だけが入学を許される場所。深淵魔導を学び、力を極めるための学び舎」


 サラサラはゆっくりとアルトに歩み寄ってきた。


「私は使者として、強者を探している。このギルドのエースが最強だと聞いたから来たのだけれど……」


 その紅い瞳がアルトを射貫く。


「お前は、どうかしら」


 挑発ではなかった。

 純粋な問いかけだった。

 アルトは静かに剣を抜いた。


「俺の仲間を傷つけたこと、謝ってもらうぞ」


「そう。なら――」


 サラサラの背中の大剣が、一瞬で抜き放たれた。

 同時に、凄まじい殺気が空間を満たす。


「試させてもらうわ」


 アルトの身体が反射的に動いた。

 スキル【瞬迅】を発動し、横に跳ぶ。

 だが――。


 サラサラの剣が、アルトの身体をとらえる。

 瞬間的に剣で受けるが、衝撃までは受けきれない。

 空中で衝撃を殺し、壁に着地する。

 速さではない。軌道そのものが「必中」に修正されていた。


「これは……」


「私のスキル【絶命】。全ての攻撃が必中必殺になる力よ」


 サラサラが二撃目を放つ。

 アルトは咄嗟にスキル【回避の魔眼】を発動した。あらゆる攻撃を自動で見切る技だが――。


「っ……!」


 回避に成功したものの、頬を掠めた風圧だけで肌が裂けた。

 必殺。触れれば即死。その言葉は誇張ではなかった。


「……ふーん。必中なんだけど、避けるのね。相殺するようなスキル持ちかしら? さすがは最強と言われるだけはあると言っておこうかしら」


 サラサラが三撃目を繰り出す。

 炎が爆ぜる轟音。

 サラサラの剣が、アルトを貫いている。

 しかし、引き抜かれた身体の穴は炎と共に再生する。

 【不死鳥】。致命傷を再生するアルトの切り札の一つだった。


「防いだ……【絶命】を?」


 初めて、サラサラの目に驚きの色が浮かんだ。


「お前のスキルは確かに強力だ」


 アルトは剣を構え直す。


「だが、俺は一つのスキルじゃなく、複数のスキルを組み合わせて戦う」


「複数……? どれだけ持っているの」


「さあ、数えたことはないな」


 アルトが踏み込む。

 スキル【瞬迅】で加速し、スキル【断罪】で相手の隙を見抜き、スキル【不屈】で精神を研ぎ澄ます。

 サラサラが迎撃の剣を振るう。【絶命】の必中斬撃。

 【回避の魔眼】と【不死鳥】を同時展開し、剣を受け流しながら懐に潜り込む。


「なっ……!」


 サラサラの目が見開かれる。

 必中必殺のはずの剣が、完全に無効化されていた。


 アルトの剣がサラサラの喉元で止まった。

 必要最低限の力。制圧する。それがアルトの戦い方だった。


「……参ったわ」


 サラサラは大剣を下ろし、両手を上げた。

 その顔には、敗北の屈辱ではなく、不思議な満足感が浮かんでいる。


「お前、本当に強いのね。私の【絶命】を完封した人間は、お前が初めてよ」


 アルトは剣を構えたまま、鋭い目でサラサラを見据えた。


「まずは謝れ、仲間たちを傷つけたことを」


「……そうね」


 サラサラは素直に頷いた。

 その態度は、先ほどまでの傲岸さとは違っていた。


「彼らを傷つけたことは、謝るわ。ごめんなさい」


 サラサラはコートの内側から、小さなガラス瓶を取り出した。

 淡い金色の液体が、瓶の中で揺れている。見たことのない輝きだった。


「これを」


「ポーション?」


「ただの回復薬じゃないわ。『刻戻しの秘薬』。一定の時間を巻き戻す薬よ」


 アルトは眉をひそめた。


「時間を、巻き戻す……?」


「彼らの身体を、傷を負う前の状態に戻す。回復ではなく、『なかったこと』にするの」


 アルトは信じられない思いで、その瓶を見つめた。

 時間を巻き戻す。そんなことが、可能なのか。


「嘘だろう。そんな薬、聞いたことがない」


「当然よ。レジェンダリー級のアイテム。世界に数本しか存在しない」


 サラサラは淡々と言った。


「これは、学園長が私のために作ったもの。万が一、使者としての任務で誰かを傷つけてしまったときのためにね」


 サラサラが冗談っぽく笑う。

 しかしアルトは別のことに強く惹かれていた。


「学園長が、作った……?」


「ええ。深淵魔導の使い手は、これくらいのことができるの」


 アルトは言葉を失った。

 時間を巻き戻す薬を、作れる。それほどの力を持つ者が、ピアレス学園にはいるのか。


「使い方は簡単。彼らの近くで瓶を割るだけでいいわ」


 サラサラが瓶を差し出す。

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