第2話

村外れから出る乗り合い馬車は、北方の国へと続く街道をガタゴトと揺れながら進んでいた。 昨夜、両親には旅に出ることを伝えた。「戻って来れるか分からない」という俺の荒唐無稽な言葉に、二人はそれ以上深く理由を問うてはこなかった。ただ、俺の背中を押すように努めて明るく振る舞い、今朝、何も言わずに送り出してくれた。それが二人の、親としての精一杯の気遣いだったのだと、揺れる車内で改めて思う。


車内の中には俺以外に乗客が2人、旅慣れた様子の老人と商人じみた男が座っていた。

俺は車内の視線を避けるようにして、膝の上で折りたたんだあの貼り紙を、慎重に広げた。

花のスケッチ、そして子供の頃の自分が考えた合言葉。

「……呪いの魔女、か」

小さくそう呟いた時、向かいに座っていた商人が、小馬鹿にするような笑みを浮かべて話しかけてきた。

「おや、兄さん。あんた、その『呪い』に首を突っ込む気かい?若いのに命知らずだね」

男の視線は、俺の手元にある貼り紙に注がれている。

「……何か知っているんですか」

俺が短く返すと、男は声を潜めて肩をすくめた。

「北の国じゃ、その魔女は腫れ物扱いさ。単なる罪人じゃない。御伽話の魔女の再来だと信じられ、恐れられているのさ」

男は、俺の反応を見ずに矢継ぎ早に続ける。

「数年前、先代の王様が亡くなって、二人の王子様のどちらが跡を継ぐか……という時に悲劇が起きたのさ。現王様の兄君である第一王子様が、あろうことか、身近に仕えていた侍女――潜んでいた魔女に、呪い殺されたんだ」

「侍女?」

俺が聞き返すと、商人は「おっと」と口を震わせた。

「ああ、兄さんは余所者だったね。……王様が自ら発表されたのさ。侍女の正体が魔女であり、先代王を病死に見せかけて殺し、さらに第一王子様まで手にかけたと。呪いがあまりに強大で、下手に殺せば国中に災厄が伝染する。だからこそ王様は、自らの危険を顧みず、あの魔女を地下深くの塔に封じ込めることで我々を守っている……ということになってるがね」

男はさらに声を潜め、周囲を警戒するようにして下卑た笑みを浮かべた。

「……ま、表向きはそうさ。だがね、俺みたいな商売人からすりゃ、どうもきな臭くていけねぇ」

「どういうことです?」

「あのタイミングで先代様が亡くなり、立て続けに第一王子様まで呪い殺された……。お陰で今の王様は、争うこともなくその椅子に座れたわけだ。出来すぎだと思わないかい?」

男は窓の外の、どんよりと濁った空を忌々しそうに睨んだ。

「今の王様になってからというもの、他国との関係は冷え込む一方で、国の治安も悪化。商売あがったりだ。王が言うように魔女の仕業ってんなら、早くなんとかしてもらいたいもんだ」

商人の皮肉を聴きながら、俺は貼り紙を握りしめた。

あの少女が、国を滅ぼす呪いの魔女? そんなわけがない。 夢の中で出会った彼女は、ただ寂しげに笑い、俺が教えた他愛もない遊びに瞳を輝かせる、どこにでもいる普通の女の子だった。

「……王様が、自分の都合で彼女を『魔女』に仕立て上げた。そう言いたいんですか」

俺の言葉に、商人は大袈裟に首を振ってみせた。

「おいおい、兄さん。俺はただの噂話を口にしただけだぜ。口は災いの元、これ以上は勘弁してくれよ」

商人は苦笑いを浮かべ、降参だと言わんばかりに両手を広げた。

「……まぁ、なんだ。若いうちは正義感に燃えるのも結構だが、世の中には触れない方が幸せな『謎』ってのもあるのさ。俺みたいな商売人は、首が繋がってて初めて金が稼げるからね。お互い、深追いは止そうじゃないか」

商人の言葉に、俺は否定も肯定もせず、ただ小さく頷いた。 彼は彼なりに、見ず知らずの若い俺を心配して忠告してくれたのだろう。その優しさは素直に受け取っておきたかった。

実際、商人の言葉は間違っていない。同じように考えてる人の方が多いだろう。

だけど、俺には引き返せない理由がある。見ないふりはできない。

商人はしばらく俺の横顔を見つめて、やがて小さくため息を吐いた。

「無茶はしなさんなよ、兄さん。命あっての物種だからね」

それ以上は語らず、座席に深く身を沈めて目を閉じた。

俺は窓の外に目を向けた。どんよりと濁った空。あの雲の先にシトラが居る。そう思うと、色々な感情が胸の中を渦巻き、眠ろうにも寝れなかった。

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英雄気取りだった俺は、夢の続きを現実でやり直す 苗木 @yuyuyuyuyuxx

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