英雄気取りだった俺は、夢の続きを現実でやり直す

苗木

第1話

眠りは、俺にとって現実の延長だった。 そこでは空を飛ぶことも、王様になることもできた。それが“普通ではない”と知ったのは、少し成長してからだ。


ーーー ーーーー


俺は生まれつき、一日に一度だけ『見たい夢を見ることができる』力を持っていた。眠る前に強く思い描けば、どんな夢でも見ることができる。最初の使い道は、くだらないものばかりだった。空を飛ぶ夢、王様になる夢。

話しても子供の空想だと笑われるだけだったから、俺は誰にも言わずに夢の中で好き勝手に遊んでいた。


だけど、12歳を過ぎた頃から、使い道が少し変わった。 きっかけは、村の猟師が魔獣に殺されたことだ。辺境の村は山や森に囲まれ、魔獣が出る。稀に賊も出る。「夢の中でも特訓をすれば、早く上達するんじゃないか?」そう思ったのが始まりだった。 夢の中では痛みもないし、実際に死ぬこともない。肉体が強くなることはないが、経験を積むには最高の場だ。

最初はただ戦うだけだったが、いつしか俺は戦闘にストーリーを求めるようになった。昔読んだ、囚われの姫を助ける勇者。そんな存在に憧れ、似たような展開を願いながら眠りについた。ストーリーを詳細に決めたわけではないが、どれも心臓が痛くなるほどのリアリティに溢れていた。

初めに現れたのは、雪深い塔に閉じ込められた銀髪の少女、シトラ。

夢の中で目を覚ますと、俺は必ず塔の外側に立っていた。石造りの壁、螺旋階段の構造、見張りの配置。何も考えなくても、すべてが頭の中に流れ込んでくる。だが、その知識があっても救出は決して楽なものではなかった。俺には天才的な才能なんてなかったから、彼女のもとへ辿り着くまでに何度も力尽きた。

夢の中で死を迎えると、そこで夢は強制的に途切れてしまう。一日一度の機会はそこで終わり、翌日の夜、また塔の外側からやり直しだ。

「……また来たの」

ようやく最上階の小部屋へ辿り着いても、そこがゴールではない。

シトラは膝を抱えて座ったまま、窓枠に積もった雪を眺めていた。

「シトラ、今日こそ連れ出す」

「無理よ。あなた、昨日も衛兵に斬られて死んだじゃない」

彼女の声には諦めが混じっていた。当然だ。俺はこの塔からの脱出に、もう何度も失敗している。

「今日こそは、越えてみせる」

俺は剣を握り直し、彼女を連れて廊下へ飛び出した。 曲がり角で待ち構えていた二人の衛兵と刃を交える。昨日は、右の男の踏み込みに反応できずに喉を突かれた。一昨日は、左の男の槍に足を払われた。 数えきれないほどの敗北を経て、俺は奴らの剣筋も、呼吸のタイミングも、すべて身体で覚えている。

一人の一撃を受け流し、隙だらけの脇腹を裂く。返り血を浴びながら、もう一人の槍を紙一重でかわして懐に潜り込んだ。 だが、さらに奥から重厚な鎧の音が響く。増援だ。一人の首を落とした瞬間、背後から無慈悲な一撃が振り下ろされる。痛みはないはずなのに、嫌な衝撃と共に視界が揺れる。暗転する視界の端で、シトラが手を伸ばしているのが見えた。泣いていた。

「ごめん……また、明日——」

そこで夢は途切れる。

一年近く、およそ五百回を超える夜を費やして、ようやくシトラを塔の外まで連れ出した。 無数の斬撃をかいくぐり、重装歩兵の包囲を力ずくで突破した。夢の中の森を抜けると、朝日が昇っていた。

「……本当に、外に出られたんだ」

朝日の中で、彼女は震える声でそう言って、俺の胸に顔を埋めて泣いた。 これは夢だ。俺が作り上げた物語に過ぎない。それでも、彼女の温もりは確かにそこにあった。

「私に夢を見させてくれて、ありがとう」

彼女はそう言って、俺を見つめた。

「いつか、また会えるよね」

ああ、と答えた瞬間、夢は終わった。

次に現れたのは、異形のキメラが徘徊する実験施設のリネア。 最後の一人は、地下神殿の底で震えていたアステラ。

一人の少女につき数百回。五年、千八百回を超える夜を、俺は夢の中の戦いに費やした。脱出の途中で俺が殺され、彼女たちが絶望の表情を浮かべるたび、俺は激しい後悔と気恥ずかしさで飛び起き、「次は失敗しない」と心に誓って、また眠りにつく夜を繰り返した。

五年かかった。 千八百回以上の試行錯誤の末、ようやく三人目までを救い出すことができた。最後の少女を完璧な形で助け出し、彼女の涙を拭ったその日。 17歳になった俺の力は、役目を終えたかのように唐突に消えた。あの日以来、一晩に一度の楽しみだった『自由な夢』は見られなくなり、俺の眠りはただの暗闇になった。

それから一年。 18歳になった俺は、村で地道に鍛錬を続けながら、どこか冷めた気持ちで生きていた。俺が救った彼女たちは、俺が作ったただの幻。そう自分に言い聞かせ、現実の鍛錬に打ち込むことでその残像を振り払ってきた。

そんなある日、村に回ってきた高額報酬の貼り紙を、俺は何気なく目にすることになる。 それは、遠い北方の国で幽閉されている「呪いの魔女」が、壁に刻んだという奇妙な暗号の正体を暴く、という公募だった。

「…………っ」

心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。 そこに写し取られていたのは、13歳の頃、夢の中でシトラを元気づけるために描いた、俺の村の近くに咲いている花のスケッチによく似ていたものだった。そしてその下には、二人だけの秘密だと言って教えた、俺が子供の頃に適当に作った合言葉が添えられていた。

……現実の出来事だったんだ。 俺が「妄想だった」と楽観視して過ごしていたこの一年間、彼女は、あの暗い部屋の中で、俺が教えた無責任な希望を握りしめて耐え続けていた。

俺は、なんてことをしてしまったんだ。救いもしないのに無責任な希望を与えて、結局彼女を長く苦しめるための鎖を、俺自身が打ち込んでしまったんだ。

シトラが実在するなら。リネアやアステラも、まだあの場所で、俺が最後にかけた言葉を信じて待っているのではないのか。

俺は、納屋の隅からずっと手入れを続けてきた安物の剣を手に取った。 不思議な力は、もう戻らない。今の俺にできるのは、ただ深く沈むように眠り、何も見えない朝を迎えることだけだ。

だけど、俺には彼女達を救うために夢の中で何度も繰り返した、泥臭い経験がある。 一日一度、五年間。千八百回以上の死を経て身体に覚え込ませた、あいつらの攻撃パターンや地形の知識がある。それを現実にするために、地道に続けてきた特訓の跡がある。

「……ごめん。遅くなった。今度は夢じゃなく、自分の手で、あんた達をあそこから引っ張り出してやる」

自らが撒き散らした身勝手な欺瞞を、真実へと書き換えるために、俺は決意を固めた。


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