竹宮勘五郎は泣かない

ファラドゥンガ

竹宮勘五郎は泣かない

 竹宮勘五郎たけみやかんごろうは泣かない。


 俺と奴は五つの歳に出会い、二十歳まで一緒に育ってきたのだが、あの鋭い瞳から涙が滴るのを見たことがない。


 そのことで勘五郎を問い詰めてみるが、

 「ハハッ、何を言っている。人前で涙をみせる男があるか」

 そうやって真相を有耶無耶にしてしまう。


 ぐう……泣かない上に、なんと爽やかな!

 この性格に優男な風貌のゆえ、奴は村中の女子おなごの人気を独り占めである。


 妹のおふみなんかも、

 「きっとあの心の奥に、他人には言えない秘密が隠されているのだわ!」

 目を輝かせて、そんな噂話に花を咲かせてやがる。


 なんとも憎たらしい男よ。


 だが、泣かないというのは実際問題、人としてどこかおかしいに違いない。


 俺は村の大人たちに話を聞いて回った。

 やはり、幼子の頃から奴は泣き声ひとつ上げなかったという。


 そのことを踏まえて、もう一度訊ねてみると、

 「お前もしつこいなぁ。幼子と言っても、二、三歳くらいのことだろう。産まれた瞬間はさすがに産声上げて泣いたに相違ない」


 ニヤリと笑う勘五郎。


 こいつめ、俺に調査させないつもりだ。

 というのも、奴の産まれた瞬間を知ることはかなり面倒なのだ。


 「さ、うつけた真似はやめて、真面目に木でも伐るんだな」

 勘五郎はそう言って、女子おなごどもを引き連れてどこぞへ行ってしまった。


 ちきしょう……!

 あいつが涙を流したことのないだと、証明してやる!




 * * *




 勘五郎は山一つ挟んだ隣村で生まれた。


 奴が三つの頃、藁葺小屋に雷が落ちて火事が起こり、母屋にも引火、住処を失ってしまう。

 小さい勘五郎を養うほどの余裕がない家族は、この村の山師に奴を預けて、行方をくらました……という風聞はすでに知っていた。


 つまり、奴の両親は隣村にもいないのだ。


 が、勘五郎に関するちょっとした噂話でも拾いたいと思い、半日かけて山道を越え、隣村で調査を開始。


 初めは口を割らなかった隣村の堅物どもも、に負けたか、ひそひそと勘五郎のことを語り始めた。


 そこで思わぬ真実を知ることができたのだ。


 村の産婆から得た極秘情報である。

 「勘ちゃんの生まれた瞬間?残念じゃが、わしは取り出しとらん。その時に泣いたかどうかなんて知りもせ……おや、お酒かい。わしに?しょうがない、ここだけの話じゃがね。村の天神様を祀る神社の竹藪の中、一際大きな竹の先端にぶら下がっておったそうだよ」


 次に、その神社の神主を訪ねると、

 「勘五郎の奴は、確かに竹藪の中から発見された。大きな嵐が通った次の日、被害の程を確かめるために見回っておると、竹の先端にしがみついておってな。ケラケラ笑ってこちらに飛び降りてきたのだ。これは誰にも言ってはならぬぞ。それにしても旨そうな鮎をこんなに!」


 ケラケラ笑って――。


 やはり勘五郎は発見されてからこの方、泣いたことがないのだ!

 というか出自からして、山姥の子のようだったではないか!

 あいつは人でなし、人非人に違いない!




 * * *




 俺はこの真相を持って自分の村に戻り、奴のところに駆け込んだ。


 「またお前か……って、俺が竹藪で発見されただと!?」


 茫然自失とする勘五郎。


 そう言えば、勘五郎の出自については『あまりに不憫だから本人には伏せておけ』と村の皆で取り決めていたようだった。


 『嵐の夜にふっ飛んできた赤子……なんて、わしの口からはとても言えん。これは禁句じゃぞ。まして本人に――』

 砂金を一袋ちらつかせて村長を訪ねた時、そんなことを言っていたような。


 それにしても、なんとまあ優しい村の人々ではないか。

 どこの土地の者とも知れない勘五郎に、そのような配慮を示すとは。

 火事で焼けてしまったが、彼をまでいたのだ。


 お前はそのことで感謝せねばならないぞ、そう語って聞かせると、


 「やかましい!勝手に人様のことを詮索しやがって!」


 と、俺の肩にぶつかりながら、何処ぞへ飛び出していった。


 その刹那、俺は奴の表情を見逃さなかった。

 きらりと光るものが、瞳から零れているのを!



 

 * * *




 こいつはとんだ副賞だ!

 泣かない男の素性を明かしたら、とうとう泣いちまったんだから!


 ……ん?ということは、あいつはではないということか?


 まあいい。

 晴れ晴れとした気持ちで、村の男どもに報告して回った。


 「おお、よくやった!泣かない男を泣かせてやったとは!」

 男どもは嬉々として俺を称えた。


 皆、女子人気を独り占めしていた勘五郎が憎かったのだ。


 俺は男たちの褒美(酒、干し肉、干し柿など)をたくさん携えて帰路についた。

 その道中、丘を横切っていると、空模様が段々と怪しくなっていくのに気が付いた。


 山並みの向こうから、巨大な雲の塊が黒黒と盛り上がっている。

 そしてゴロゴロ……と、まるで唸声のような稲光。


 おかしい、今は冬だというのに。


 と、丘の上に勘五郎が一人立ち、空を眺めているのが目に入った。


 俺はなんともばつが悪くなり、恐る恐る奴に声をかけた。


 「……全部、思い出しちまった」

 勘五郎はぽつりとつぶやいた。


 「人の世に墜ちて、その欲深さに一度だけ泣いたことがあった。俺を引き取った家族が、俺を売り物にしようと企んだ時……俺は大声上げて泣いたのよ。そしたら天から雷が落ちてきて、家がまる焦げになっちまった。あまりのことで、もう泣かぬと決めたのに……」


 広がっていく曇天模様。


 ゴロゴロ……————。


 稲光が走る。

 雲の中に、何か巨大な影がとぐろを巻いている……気がした。


 「ごめんなさい、かか様。あなたは俺の落涙を案じて、ここまで飛んできてしまったのですね」

 雲をじっと見つめた勘五郎が、そうつぶやく。


 そのとき、


 ——びゅうっ!


 と物凄い風が吹いた。


 じきに嵐が来るだろう。

 季節外れの、どでかいのが。

 隣村を含め、この辺り一帯はどうなってしまうのだろう……。


 勘五郎はやはり、人ではなかった。

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