第二章 統計の匂い


病院の廊下は、いつも同じ匂いがする。

消毒液と、希望と、諦めが混ざった匂い。

玲子は産科部長の前に座り、前置きもなく言った。

「最近、胎児が“消える”症例が増えていると聞いた」

部長は一瞬だけ視線を逸らした。

「……はい。統計的に、有意な増加です」

「流産では?」

「違います。出血も、組織の排出もない。ただ……胎嚢が消える」

玲子の胸の奥で、冷たい指が動いたような感覚があった。

「どの層に多い?」

「都市部です。特に、遺伝子設計支援を受けた妊娠に」

玲子は、ゆっくりと目を閉じた。

出生数は減っていない。

妊娠だけが、減っている。

それはつまり――

世界に用意された“席”の数が、変わっていないということだった。

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空席の子どもたち― 魂が足りない世界で、生まれなかった命の話 ― akatklim @akatklim

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