第3話
「――それで?後輩の煩悩満載であるVRゲームを、私と一緒にやりたいそうだな?
大学の近くにある商店街。こじんまりとした喫茶店で叱責を受ける子の状況は、さながら強者に追い込まれた小動物の様な気分だ。
「いや、アネフタさん……。それは、そのですね……」
スマホ片手に長い黒髪を渦巻く仕草、季節に似つかわしくない黒いパーカー。美脚を表わすスリムジーンズによって組まれた足先が、僕に触れる。彼女は
ぎこちない受け答えを聞いて満足したのか、彼女はちらりと上目遣いをし、微笑む。
「ふっ、冗談だよ。君は早く私に慣れてくれ。それとリアルでは名前で呼んでほしいな」
「そうですね、努力はします……」
彼女は自分とは違い大人びていて、でも年相応の立ち振る舞いが居心地よさを与えてくれる。親戚の姉という立場がしっくりくる。
「そうしてくれたまえ。……店員さんすいません、注文良いですか?アイスコーヒーをお願いします。悠真くん、君はどうする?」
「ジンジャエールが飲みたいですね。……あれ、売り切れですか?」
メニュー表を確認するまでも無く頼んだそれは、ウェイトレスが頭を下げたため察した。少々残念だが、僕はレモンスカッシュを注文した。
申し訳なさそうに離れると、それを横目にした遥の視線がほんの一瞬、哀れんでいた。
「さて、話を戻そう。結論から言えば、是非とも参加させてほしい」
「わかってますよ。そういえば藤原さん、情報工学部でしたよね」
この喫茶店から電車で二十分ほど離れた場所に、彼女が通うキャンパスがある。互いに通学路であること、レトロな空間と客層が決め手でゲームをやる時も、リアル集会所として利用している。
「学部は関係ない、私の趣味だ。聞く限りQNDシステムとやらで自己の意識を仮想空間へ移行させるのだろう?」
「みたいですね、具体的な資料とか無いので本当かどうか知り得ませんが」
そう言うと彼女は真面目な表情をする。
「――悠真くん、これは従来のVR、いや科学技術から逸脱したものだ。オーバーテクノロジーと言ってもいいし、この世がSFの世界と言われたら信じてしまうほどのね……」
失礼しますと、注文したアイスコーヒーとレモンスカッシュが最速で配膳される。
彼女はミルクとシュガーをそれに投入した。
「そういった話は疎いので想像が追いつかないですが、技術の革新って一般人からしたら前触れなく来るものじゃないですか?それだとしても、過ぎた物という事ですか?」
彼女は合成樹脂で出来た指揮棒を廻し、カオスに染まった小さな宇宙は風鈴の音色を奏でた。
「明らかだ。さらに言うと、身体に外部デバイスを接続する様だね?この時点で記憶を情報として処理、変換、転送のプロセスが奇跡に近い。なぜなら、我々が日常的にプレイするゲームより、途方もないデータ容量になるからだ。例えばそうだな……」
遥はPCを収納したカバンから小さなSDカードを取り出し、僕に向ける。
「全宇宙のすべての本を収めた図書館の蔵書を、この1枚のメモリーカードに詰め込むようなものだよ。そんな圧縮処理が実現可能なら、SF世界と言われても過言ではないだろう?」
「……たしかに、それは無理ですね」
僕がちょっとした講義を受けているかの様な、思案して口に手を当てる姿に、彼女は満足げな表情をしている。さながら僕は探偵の助手だろうか。
「まぁ、あくまでゲームのテストプレイヤー。私も過度な期待はしていない。根幹のメカニズムは機密保持の観点から、常人である我々に享受される可能性は極めて低い。だが観測と仮説は立てることは出来る」
「つまり、VRゲームさえ出来ればどんな仮想空間や内容でも問題ないって事ですよね」
「明らかだよ、悠真くん。男の願望なんて、些細な問題に過ぎない。私からすればね」
……もし翔がこの言葉を聞いたら、一体どんな反応をするだろうか。
彼へ思いを馳せながら吸い上げたレモンスカッシュは、少しばかり水気を含んでいた。
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