第2話

  一階のラウンジはサークル活動の合流場所としてよく使われている場所で、出入り口やエレベーターから近く、誰もが必然的に通る箇所でもある。


 つまり、僕は翔と対面する事が避けられない運命なのだ。


「おっ、悠真ゆうま先輩!待ちくたびれましたよ〜、三分ほど!」


 蛍光色が散りばめられたTシャツを着た青年が両腕を大きく振るい、太陽の様に笑っていた。何処へ行っても絶対に迷子になることがない男、彼が中村翔なかむらしょうだ。


「先輩、その格好暑くないすか?今は夏っすよ!」


「日焼けをしたくないんだよ」


 暑ければ腕捲くりして体温調節すれば支障がないし、シンプルで良い。無頓着な僕としては、黒いワイシャツは制服の様なものだ。


「それより翔くん、今日はサークル活動の無い日だよ。なんで学校にいるの?」


「そうなんすよね〜、なんで今日大学に来たんだろうって自分でも思ってます。実は先輩が無意識に、俺を呼び出してたりなんかして(笑)」


 眩しい笑顔で自販機で買ったであろうジンジャエールを渡してきた。結露が付着した容器を握ると少し痺れ、お礼と共に喉へ流した。この飲料が人類史上最大の発明であると、教祖になってもいいくらい愛用している。


「先輩!俺、今回は茶色に染めてみたんですけど、似合ってますか?夏休みは海で彼女と遊ぶんで、気合い入れてるんすよ〜」


「いいね、似合ってるよ」


 手の甲で口を拭う僕は、素っ気ない返事をしてしまった。


「まぁ俺の話はどうでも良くて〜。先輩によって導かれてここに来た自分がするビッグな話、しちゃいますか〜。乗るしかない、このビッグウェーブに!」


「そうだな、とりあえず座ろうか」


 サラッと流しつつ、僕たちは壁際の二人用テーブル席に着席した。造花が仕切りの役割をしていて、近づかない限り人目につかない。僕のお気に入りの場所のひとつだ。


「それで、新型VRゲームのテストプレイヤーとして参加が出来る話、本当か?」


「もちのロンすよ。俺もゲームサークルメンバーのはしくれ、二言はないっす。しかも最新技術!雑草のように張り巡らせた俺の人脈の賜物ってやつですわ〜」


 彼はスマホを取り出し、VRゲームの特設サイトを僕に見せてくれた。


「なになに、『QNDシステムにより五感をリアルに再現し、仮想空間で第二の自分を体感できるフルダイブ型VRゲームです』か……。一体なんなんだ?このQNDシステムって」


「俺もあまり詳しくはないんすけどね?体にデバイスを装着して、それをコンピューターが読み取ってバーチャル世界に反映させるらしいっす」


「デバイスを装着?まるで人体実験だな……。危険じゃないのか?」


 少し不安になり見上げる。彼はチッチッチッと舌を鳴らし、指をメトロノームの様に動かした。


「安全性は問題ないっす。実はこのVRゲーム、俺の大先輩が勤めてる会社で、もうテストプレイヤーとしてプレイしたらしいんすよ。もちろん後遺症もないし、話聞いたらもうビックリ!高級リゾート地で贅沢の限りを尽くしたって自慢してたんすよ!」


「……なんだ、綺麗な景色でも眺めらるのか?」


 仮想空間なら世界各地の有名スポットにいつでも行けるし、移動時間も要しない。何なら魔法が操れる世界にも旅立てるだろう。確かに魅力的だ。


「ヌルいっすよ、そんなもんじゃないっす……!サンサンと照り輝く太陽!透きとおった海!サラサラとした砂浜!大きなヤシの木が織りなす日陰の下、美女に囲まれながらルビーロマンを口に運ばせ、俺はこう言うんです……。


『delicious《デリシャス》……』


そんな、そんな夢も叶う場所なんすよっ!!」


 ガッツポーズして震える彼に、お前には彼女いるのではないかと一瞬頭をよぎった。どうやら僕が想像していた用途や目的とは懸け離れた、翔の煩悩が詰まった素晴らしい世界だったらしい。

呆れた僕はこめかみに手を当てる。


「……で、翔くんの人脈とコミュニケーション能力により、僕もその施しが受けられると」


「まさにその通りっす!」


 彼はウィンクしながら、お手製のピストルをこちらに向けた。さながらアイドルの様な仕草だ。


「先輩も一人前の男なら、俺と一緒にムフフな体感を共有しようじゃあないすかっ!」


 翔の話はともかく、VRゲーム自体にはかなり関心がある。ゲームはジャンル関係なくプレイするし、食わず嫌いもしない。しかもこの体感型VRならば、端末操作を強いる現状から身体的に意のまま操るという、つまり自身がアバターとなって世界を駆け巡るのだ。面白くない筈がない。


 何度も言うが、翔が望む世界は別として……。


「……まぁ翔くんが一緒なら、僕は参加しても構わないよ」


「なら善は急げ、急がば急げ!俺、他の奴にも声かけるんでそれじゃ!」


 翔は勢い良く立ち上がり、席を後にしようとする。


「あ、ちょっと待って。まだ参加枠あるのか?」


 このまま何処かへ飛び立とうとする翔を制止するため、急いで肩に触れる。人間相手に初めて手綱が欲しいと思える日が来るとは、考えもしなかった。


「ありますよ、あと三人いけます!先輩も誰か呼びたい人がいるっすか?」


「一人いるんだけ……ど……」


 僕は少し俯き、翔への視線を落とした。


「おぉ!いいっすね!そしたら、男たちの欲望を極限まで解放しようじゃないすか。ぬふふ……」


 肩に乗せた手を優しく包むように握手する翔の目は鷹の様に、静かに、ギラつかせていた。


「急にマジメな顔で見つめないでくれ。あとな……」


「そういうことで、お誘いよろしくっす!詳細は後ほどトークしておきます、それじゃ!」


 イスを戻す事すらせず、彼は一目散にこの場を後にした。


 彼の計画とは少し脱線するであろう最後の一言は、彼が僕の話を聞くという選択をしなかったからだ。恨むなよ、僕のせいじゃない。心の奥底で、そう呟くのであった。

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