◆第4章 Decoy(誘餌)◆
昼下がりの共通棟。
学内でいちばん平和で、いちばん妙な違和感が集まる場所――学食。
ミス研の3人は、いつものテーブルに集まっていた。
「これ、見て」
零がタブレットを中央に置く。
学内SNSの投稿が、いくつも並んでいた。
《今週の唐揚げ定食、神》
《普通。可もなく不可もなく》
《地雷。二度と頼まない》
「全部、同じメニューよね?」
玲子が確認する。
「曜日も店舗も一緒です」
ミレイが補足する。
「調理担当も変わっていません」
零がグラフを表示する。
「学部別に集計すると……こうなる」
三人が画面を覗き込む。
法学部:ほぼ「普通」
文学部:「神」が多数
情報工学部:「地雷」が圧倒的
「ここまで固定化するのは不自然ね」
玲子が腕を組む。
「口コミの影響かも」
零が言う。
「最初の評価に引っ張られて――」
「評価アルゴリズムの偏りも考えられますわ」
ミレイが静かに続けた。
「表示順や、集計方法の問題かもしれません」
学食の喧騒の中、ミス研の三人はトレイを持って並んでいた。
「確認は必要ね」
玲子はきっぱり言って、唐揚げ定食を選ぶ。
「文学部的にも、これは“神”らしいし」
零は少し楽しそうに同じ列に並ぶ。
「……地雷認定されてますが」
ミレイは一瞬だけ間を置いてから、同じボタンを押した。
三つのトレイ。
同じ皿。
同じ匂い。
席に着き、三人同時に箸を伸ばす。
——沈黙。
最初に口を開いたのは零だった。
「……普通に、美味しい」
玲子が頷く。
「可もなく不可もなく。
値段を考えれば、妥当ね」
ミレイは少し考えてから言う。
「欠陥は見当たりません。
少なくとも“地雷”ではないです」
三人の評価は、ほぼ一致していた。
「でも」
零が箸を止める。
「これが“神”って言われる理由も……わかる気がする」
「逆も然りね」
玲子が静かに続ける。
「期待して食べたら、肩透かしに感じる人もいるでしょう」
ミレイは、皿を見つめたまま言った。
「評価が学部単位で固定される説明にはなりません」
そのとき、ミレイの端末が反応した。
VR接続。
画面に現れたひよりのアバターが、
テーブル越しに並ぶ三つの皿を、
少し距離を取るように見つめて首を傾げた。
「SNSで話題の唐揚げですか?」
「一応ね」
零が、どこか言い訳めいた調子で答える。
ひよりはすぐには返さない。
仮想空間の視線が、唐揚げから三人へ、静かに移る。
そして、ぽつりと。
「同じ味なのに……
食べたいのとは、違うのかな」
少し間があった。
それから、思い出したようにひよりが言う。
「あっ。
私もお弁当食べなきゃ。
また、顔を出しますね」
画面のアバターが小さく手を振る。
次の瞬間、VRの接続表示が消えた。
皿の上には、
しばらく手を付けられなかった唐揚げ。
玲子はナプキンで口元を拭きながら言う。
「価格でも栄養でも説明できないわ」
零は、言葉を探すように視線を泳がせる。
「“美味しい”と“嬉しい”は、別なのかも」
ミレイは静かに首を振った。
「これは料理としては合格ですわ。
でも、食べる前に何を望めばいいのかしら」
3人とも、実体験という検証を行ったが、
それでも答えには届かない。
それ以上の会話もなく、3人は唐揚げを食べきって、
午後の講義に向かった。
零は、講義の合間に鞄から一冊のノートを取り出した。
表紙の端は、すでに少し擦れている。
新しいページが、白く開かれていた。
零はペンを握り、しばらく、そのまま動けずにいる。
【推究録】
――学食唐揚げ評価分断事案。
仮の件名だけを書きつけて、止まる。
〈同一の料理が、学部ごとに異なる評価を受けた〉
〈味覚差、文化的背景――〉
一行書いては、線を引く。
また書いて、消す。
価格でもない。
栄養でもない。
アルゴリズムの偏り、と書いてしまうのも、違う。
零は、昼の食堂を思い出す。
しばらく手を付けられなかった唐揚げを、
黙って食べきった3人
「……うまく言えないな」
独りごちて、
最後に小さく、余白に書く。
――結論、保留。
さらにその下、
ほとんど独白のように。
(同じ味なのに、
食べたいものとは、違っていた)
零はペンを置き、
そのページを閉じた。
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