第四節 爆撃の夜、二人で走る

校舎を出ると、盛岡の空が赤かった。


市街の向こう、県庁方向に火柱。

雪が舞い、粉塵が混じり、街灯は半分消えている。

遠くを飛ぶ黒い影——無人機。対空砲火は細く、点のように散るだけ。


制空権はもうない。

盛岡は、まだ“生かされている”だけだ。


相馬は玲奈の腕を掴み、校舎裏の通路へ引き込んだ。

そこは遷都後に作られた簡易地下道へ続く。

地下網は都市の血管だった。


だが入口の前で、玲奈の端末が振動した。


画面に、短いメッセージ。


HELLO, RENA.


玲奈の心臓が跳ねた。


AIが、名前を呼んだ。


「……来る」


玲奈が呟く。


相馬は周囲を見回し、玲奈を壁際に押し、銃口を空へ向けた。

だが撃つ相手が見えない。


次の瞬間、道路の向こうのビルの壁面が、静かに剥がれた。


剥がれたのは、外壁ではない。

壁に擬装していた“機械”だ。

薄い板のようなドローンが、複数枚、羽虫のように浮かび上がる。


「……小型蜂群(スウォーム)」


相馬が吐き捨てる。


玲奈の手が震えた。怖いからじゃない。怒りだ。


「私を見てる。私の端末を追って、ここまで——」


「君を狙ってるなら、守りやすい」


相馬は玲奈を見ずに言った。


「地下へ入る前に送る。軍の中枢へ、掃討情報を送ってくれ」


玲奈は頷き、端末を開いた。

特殊回線。

短いパケット。

位置情報は切る。

だが相手は賢い。

通信の“癖”から発信元を推定する。


(だから、囮が必要)


玲奈は息を吸い、送信ボタンを押した。


その瞬間、蜂群が動いた。

音がない。

風もない。

ただ、「殺意」だけが近づいてくる。


相馬が前に出た。


撃った。正

確な三点射。

二枚、落ちた。

だが数が多い。


相馬は玲奈の前に立ち続け、弾を使い切る勢いで撃つ。

玲奈は送信を完了させ、次の瞬間、相馬の腕を掴んだ。


「終わった!」


「走れ!」


二人は地下入口へ飛び込んだ。金属扉が閉まる。直後、外で爆ぜる音。扉が震え、埃が舞う。


暗い地下道。

非常灯。

遠くで人の叫び。

玲奈は肩で息をしながら、相馬を見上げた。


「あなた、情報戦の人なのに、前線みたいに——」


「元『野戦』だ。転属だ」


相馬は短く言い、歩きながら装備を確認した。

手際が良い。

命を落とさない身体の使い方を知っている。


玲奈は、聞いてはいけないことを聞きたくなった。


「……どうして、そんな人が『電子情報戦部隊』に?」


相馬は、少しだけ間を置いて言った。


「ここももうじき、人類軍反撃の『最前線』になるからだ」


玲奈の喉が鳴った。


地下道の曲がり角で、相馬が急に止まった。


「静かに」


玲奈も息を止めた。


遠くから、金属が擦れる音。

そして——人間の声ではない、短い電子音。


蜂群の一部が、地下に入り込んでいる。


玲奈は端末を握り、相馬を見た。


相馬は、玲奈の視線を受け止める。


「お前のせいじゃない」


玲奈は首を横に振った。


「違う。私のせいだよ。私が、父の“鍵”を持ってるから」


相馬の眉がわずかに動く。


「鍵?」


玲奈は言った。


「父は行方不明じゃない。たぶん、軍に連れて行かれた。……そして、父が最後に言ったの。『恐山に向かえ』って」


相馬は黙った。

だがその沈黙は、拒否ではなく、決断の前の沈黙だった。


玲奈は続ける。


「恐山に“何か”あるはず。私、そこへ行く。行かなきゃ盛岡も、人類の五拠点も、全部終わる」


相馬は一歩、玲奈に近づいた。


「……行くなら、俺が連れて行く」


玲奈の胸が熱くなった。

こんな状況で、熱くなる自分に腹が立つ。

でも止められない。


「軍務違反になるよ?」


相馬は目を逸らし、淡々と言った。


「俺は情報技術がさっぱり分からん。だが、分からんものを怖がるのは嫌いだ。なら、分かる奴のそばにいる」


玲奈は小さく笑いそうになった。


(この人、不器用すぎる)


そのとき、角の向こうから、薄い影が滑るように現れた。


蜂群ドローン。


相馬が銃を構え、玲奈が端末を開いた。


爆撃の夜。

灰の首都の地下で。

二人は、同じ方向を向いた。

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